2017年11月16日 (木)

和装振興協議会公表資料から思うこと

経済産業省の会議体となっている和装振興協議会の議事録および資料等が同省HPにて公表された。

現在この協議会で注力されているのが「商慣行の是正」であり、ある一定の方向性が出された時点で、各業界団体に賛否を問うアンケートを行ったところ、多くの川上、川中の業界団体が賛同する形となったが、唯一川下の最大の小売団体である日本きもの連盟が「一部賛同」というスタンスを取ってきたようだ。またその理由も文面にて公表されていたので熟読したがどうも腑に落ちない部分が多く私のなりの疑問をブログに書いてみようと思った。

今回の私見を述べる前に経産省の和装振興協議会とその会議の中で出された「和装の持続的発展のための商慣行のあり方について」の概要を簡単に説明したいと思う。 まず和装振興協議会は、前身の和装振興研究会から始まり、私自身もその研究会の委員であったが、研究会は業界の若手中心の川上、川中、川上の業者の他、経済学者、和装教育関連、プロデューサー、消費者代表などで構成されたものであった。そこからより省内での位置付けを明確にし、継続的に和装振興に関して議論し、改善及び発展していく目的と実行のために、各段階での業界団体の代表レベルで構成された会議体として和装振興協議会が発足された。またその下部組織として分科会も発足されより現場に近い人たちの意見を吸い上げたのち、今後の和装振興において必要且つ現実的な流れを作っていけるような形を作った。

その中で、今まで再三問題視されてきた商慣行のあり方について、初めてメスを入れる形となった。特に呉服業界の流通は多段階流通であり、長い歴史の中で慣習化されてきただけに、今まで幾度となく問題視されてきたが、それぞれの段階の事情(いわゆる商売上の大人の事情)によって異なる立場の団体の代表レベルが議論する場がなかっただけに非常に良い機会だと個人的には考えている。

本年の5月に出された商慣行のあり方についてまとめたものを見ると

①「サプライチェーン全体での付加価値の向上」 ②「取引対価の決定」 ③「取引の書面化」 ④「代金の支払」 ⑤「歩引き取引・延べ払いの廃止」 ⑥「不当なコスト負担」 ⑦「販売方式の決定」 ⑧「消費者本位の商品・サービスの提供」 ⑨「消費者にふさわしい商品の販売」 ⑩「消費者にわかりやすい説明」 11「産地等の明瞭な表示」 12「価格の適切な表示」 13「適切な販売手法」 と言った内容で、ある意味下請法と景品表示法、消費者契約法全般の法律の中で呉服業界の商慣行是正に必要なものをチョイスしてまとめたものといえばわかりやすいかもしれない。

ただし、②から⑥は下請法にて既に法的に定められてはいるものの、下請法の構成要件である、親会社と子会社の資本関係、製造委託、修理委託、情報成果物、役務提供等の取引に限られており、現在の呉服業界の多くの取引形態では下請法の構成要件としては成立しにくい事もあり、改めて業界全体でのコンプライアンスの方向性を定めていくための原則的な指針として作られたものである。

特に大原則である「サプライチェーン全体での付加価値の向上」は私も7年前に呉服業界若手経営者の会で提唱した「株式会社呉服業界」という精神と全く同じであり、「どの段階であっても取引は対等である」という考え方と全く同じであることは個人的に非常に支持するところである。 ここで今回のブログの本題に戻るが、この商慣行のあり方への賛否を各業界団体へアンケートという形をとったところ、ほとんどの川上、川中の業界団体及び組合・企業から同意賛成するとの回答があったが、一番肝心の小売の最大の団体である「日本きもの連盟」は一部賛同というある意味消極的な回答をしてきた。

その理由も公表されているのでわかりやすく説明すると、 


*各流通が適切に機能を発揮し、消費者の商品・サービス提供し、継続的な信頼関係を構築することで市場活性化と業界全体の発展の好循環を実現することを目的とすることは大いに賛成である。

*日本きもの連盟としても全日本きもの振興会と連携して各振興事業を積極的に行っている。

*その上で和装振興協議会が示した「商慣行のあり方」については、日本きもの連盟としては会則に基づき運営している関係上、会員個別企業の経営案件や取引条件を議論する場がない。

*受注業者の適正な利益を含む手形サイト90日、歩引きの廃止、製造者と販売業者の双方が協議して販売方法を決定する等の議論に当事外である日本きもの連盟が意見することはできない。

*日本きもの連盟の会員は製造業者との取引がほとんどなく、問屋との仕入れが大半であり、諸取引についての風聞以外の情報がないため取引の公正についてあれこれ意見を述べる立場にない。

*全ての商材の価格は和服小売の場合、その全ては、北は北海道から南は沖縄まで全小売店全て異なるのでこういう文言に違和感を感じる。

と言ったことが全て賛同ではなく一部賛同であることの理由だ。

簡単にいえば、日本きもの連盟として各小売店の商慣行に口を出す立場ではないという回答である。

ここからはあくまで私見として述べさせていただく。 私自身は小売出身であり、現在も小売店の経営支援等で規模の大小関わらず日々関係しているし、一方で産地から中間流通、あるいはその間に存在する悉皆、和裁、着付師、各業界団体に至るまで現場レベルでの仕事に携わっているので相対的な立場から意見できる。 その上で今回のこの日本きもの連盟の回答については腑に落ちない部分が多々ある。

はじめに申し上げておくと、日本きもの連盟がきものの日事業や和装教育等に尽力されていることは周知のとおりである。それ以外に様々なことに団体として努力されていることは承知の上での疑問であることを記しておく。

まずは「商慣行のあり方については、連盟の会則に基づいて運営している関係上個別企業の経営・取引条件等を議論する場がない」という回答だ。これはその次の手形サイト、歩引きなどの支払い条件についても同様の回答をしている。

日本きもの連盟の会則を見ると会の目的として【国民生活における和装生活の普及と和装文化の普及を目的として、この目的を達成するための和装市場の創造拡大施策の実施と本事業に参加 する会員店の経営発展活性化事業を推進する。】とあり、また事業4の2では【和装産業活性化と振興事業の強化充実を計るため、他和装諸団体との連携事業】、さらに事業4の3では【和装産業の諸問題を検討し、対応する事業】とある。 連盟の会則の中で目的や事業として定めている項目を見る限り、1つの団体で会として体をなしている以上、議論する場がないというのは理解に苦しむ。

和装産業活性化の強化を図ることを目的とするならば「商慣行」については総合的に見て根幹にあたる部分であり、避けては通れない。その議論を無くして「和装産業の活性化」は図れないと言っても過言ではないと思うがいかがだろうか?

確かに呉服業界の流通は長い時間をかけて構築してきた信頼関係が取引の大半を占めており、発注業者と受注業者間の取引条件が、たとえ一般論として納入業者に不利に思える条件であったとしても、長い間に築いた信頼関係によって相互了解のもとに決定した取引はどの法律にも抵触しなければ正当な取引であるという考え方である。 だが、時代は大きく変化し、どんなに今までの取引の正当性を訴えたとしても市場縮小が進み、従事者の激減、価格や取引に対しての不信感が大きくなってきている今、こう言った商慣習の是正を小売も本格的に取り組んでいかないと未来はないことは明白である。

その上で連盟が会員および呉服小売に対してものを申す立場にないというのであれば、一体日本きもの連盟は具体的に会則にある【和装産業活性化と振興事業の強化】をいかにして図っていくのかが全くわからない。

もう1つ考え方のスタンスとして「全ての商材の価格は呉服小売の場合、その全ては北は北海道から南は沖縄まで全小売店で異なる」というのは現実的には確かにそういう状態であることは否めないが、連盟としてそう言い切ってしまうこと自体が消費者の価格不信の根元につながるほか、全ての商材の価格と一括りにしてしまうこと自体、消費者の呉服小売店への不信感を払拭できない大きな要因になっているのかもしれない。こういう考え方にも大きな疑問を抱かずを得ない。

長々と記してきたが、私がどうこう言ったところで何かが動くわけでもないが、個人であるが業界に身を置き、業界を心底愛する気持ちは誰にも負けないという自負がある以上、個人的な意見としてはこう言った形で業界全体が変わっていこうという時にこういう連盟の姿勢はとても残念でならない。

これからの時代、間違いなく「呉服業界総小売時代」となると予測される。川上から川中までもが直接的に前に出て行くいう現象はすでに始まっている。これは情報化社会において当然の如く起こることであり、突き詰めて考えれば現在の商慣行がもう通用しないところまで来てしまったということに他ならない。適正な価格とは何か?付加価値の向上とは何か?消費者の信頼とは何か?を全面的に呉服業界をあげて改善する時が来たのではないかと思う。

和装振興協議会としても、呉服業界全体としても、本当にこれからの和装産業活性化を図って行くためには、大きな力を持つ人たちや団体が未来現実を考えた改革に取り組むべきであり、現行のままの既得権益を各段階の企業が守ろうとするのであれば、その先にあるのは利益ではなく、損失しかないと私は思う。現行のまま行き止まりの道を進むか?険しくも新たな道を開拓するか?の分岐点はとっくに来ていることだけは確かである。

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2017年7月28日 (金)

染織版コネクテッド・インダストリーズ

コネクテッド・インダストリーズは「企業と企業、機械と機械、人と人などがデータを介してつながる世界」として経済産業省の世耕大臣がドイツのインダストリー4.0に対して打ち出したこれからの日本の産業ビジョンだ。

日本のサプライチェーンは一見横軸でしっかりと繋がっているかに見えるが、実は各段階でデータなどの多くの情報や技術がバラバラである事が多く、それが結果的にグローバル視点での競争力で劣ってしまう大きな要因になっているようだ。

この経産省が打ち出したコネクテッド・インダストリーズはデータが繋がり、有効活用によって技術革新や生産向上、技能伝承などを通じて課題を解決し、勝ち筋を見出すという戦略だ。

これを呉服業界に当てはめてみると、呉服の流通は各段階における様々なデータや情報の活用は極めて劣っており、流通における企業間連携は言葉は悪いが「切った張ったの世界」である。

また99%競争領域のロジックで構成されているので、協調領域のロジックはほとんど存在せず、そこからなかなか新しいコトやモノが生まれないし、ましてや勝ち筋は当然の如く全く見えてこない。

呉服業界の流通が機能していた時代は、多段階流通におけるメリットとしてまさに末端の情報がある程度共有され、各問屋もある程度セグメントされていたこともあり、まさに技術革新や生産向上などによって勝ち筋を見出していた。それが市場減少とともにそれが崩れていき、目の前の継続性のない「売れる」「儲かる」手法に多くが画一化していったために現在のような状況になっていった。

私は元々呉服小売業出身であることから独立してから小売店を中心とした経営コンサルティングを主としてきたが、現在ではそれ以外に産地ブランディングや商品企画、海外市場創出などのプロデュースやディレクションなどが多くなってきている。
その中で、今まで全く交流もなく知り合うチャンスさえなかった様々な分野の企業経営者、プロデューサー、アートディレクター、デザイナーなどなど自分でも驚くほど急激にそういった方々との人脈が不思議なことに広がってきている。その多くが伝統工芸を通した地方の活性化や価値創造などで眩しいくらいの、そして私にとって心から羨むような実績と成果を出し続けている社会的にも名実ともに著名な方々なので、多くの気づきや視点の置き方など多くのことをこの歳になってかなり高いレベルで学ぶ環境が広がっている。

そういった中で、ある非常に重要な着物産地の復興のプロデュースのオファーが現地の自治体からきており、受けることになりそうだ。
全国の着物産地はご存知の通り非常に厳しい状況にあり、着物としてのものづくりは高齢化と次世代への伝承がもっとも危惧されている分野である。またその復興策は今まで多くの取り組みはあったものの、知る限りの成功例は認識できていない。もちろん「染め」や「織り」としての技術の単体で見た場合の産地活性化の成功例はここへきて先に述べた方々の素晴らしい力によって輝き始めている事例は確かにあるが、「着物」を主とした産地活性化の成功事例は目に見えての成果はまだ認識できていない。

多くの問題は産地は産地の中での流通上の慣習が長い歴史の中で深く強く根づいており、よそ者がなかなか踏み込めていけない独特の空気感が呉服業界には存在する。またある程度受け入れたとしても着物という商材の回転速度は非常に遅く、また新たなものづくりは大きなコスト上のリスクが伴うため、冷え込んでいる市場の中で時間をかけて育てていくということが極めて出来にくいという状況にある。

もちろん産地には産地の流儀があり、既得権益も存在するので、それを一気にスクラップしてイノベーションを起こそう!などと言っても、「何も知らんくせにそんなことに協力できるか!」と言う空気感になることは必至だ。ちなみに私が京都に移って来た時も多くの業界人からは冷ややかな目で見られていたし、ビジネス提案など誰も受け入れてくれなかったし、それどころか口さえも聞いてもらえないことが多かった。今ではとても考えられないが京都といえども真正面からなんども諦めずにぶつかっていけばなんとかなるものだ(笑)

その中でどのように今回のオファーを受け、復興策のフローチャートを組み立てていくかが私自身としても大きな挑戦となっていくだろう。また取り組んだことが仮に成果が出たとしても、それが一時的なものでなく産地自体の自助力によって継続していくものでなくてはならない。よそ者がわかった顔して勝手に弄って、その期間だけ最大瞬間風速を吹かせて、報酬もらっていなくなるなんてことは絶対にしてはいけないのだ。その産地の自治体からのオファーということはその地元の人たちの血税を使うわけだから、私も血を流す覚悟で取り組まねばならない。

今私が考えていることは(多くは言えないが、、、)キーワードとして

「分解と編集と共有」の3つである。それ以上はここでは言わないが、意味合いが違うかもしれないが、個人的には「染織版コネクテッド・インダストリーズ」と銘打って考え、文字通り命を削ってでも責任を持って取り組んでいく覚悟だ。

私の勝手な夢と志である 「染織で世界を変えたい」を行動に移していく。
そして多分私の家族にはさらに迷惑をかけることだろう。。。。(苦笑)

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2017年5月26日 (金)

年商2785億円の株式会社呉服業界という考え方

きものサローネ事務局からアンケートが来た。今年のサローネ会期中に「きもの未来会議」を再び開催するらしい。そういえばその第一回目は私がコーディネーターをしたような気がする。

アンケートの質問の中に新しいカジュアル市場への対応についてどのように考えるかとあった。
正直カジュアルきもの市場はこの6〜7年で大きく変化した。そして様々な企業や人が様々な取り組みやビジネスモデルをあらゆる形で構築してきたことで、ある意味「新しい市場」はすでに生まれていると私は感じているし、それこそ皆真剣に着物の振興やきものファン作りに努力していると感じる。

ただし、その新しい市場がきもの市場全体を押し上げた形になっているかというとそうではない。確かに一瞬だけ2015年のきもの市場は30年ぶりに前年を上回ったが翌年度から再度下降線をたどっている。

着物市場を押し下げている大きな原因の1つに50代の市場の落ち込みだ。昨年だけでも300億円強、きもの市場全体の11%もの割合を占める消費額を失っている。それだけ50代のきもの消費は市場の底支えをしてきたが50代を中心として60代、そして40代も市場減退の数的な要因となっている。
着物産業としては「工芸」と「ファッション」というカテゴリの両輪を回すことは、「ものづくり」と「消費」の両輪回すことに繋がることは間違い無いと思うが、その中で近年の新しいカジュアル市場の多様化はまさに変化への対応によって「所有から使用へ」の消費価値観を顕在化させた。 しかしながら市場の大きな構成要素である40代〜60代のきもの消費は、残念ながら市場創造すべき考えや変化が全く無いまま現在に至り、それらのターゲットからほぼ見放された状態にあると言っても過言では無い。 もちろんその中でも自社の方向性やターゲットが誰か?が明確で、そこからブレず、商品構成においても顧客作りにおいてもしっかりとした取り組みをしているところは、たとえ扱い商品が高額なものであっても、消費者の支持を得ながら堅調に業績を維持または向上させているが、残念ながらそういう企業は圧倒的少数である。 一方で新たなカジュアル市場がこのまま広がっていくかというと私にはどうもそうには思えない。例えばあくまで私見ではあるが、様々なイベントが開催されているが、残念ながらある一定のきものファンでの間でのものというイメージが徐々に強くなってきているように感じるのだ。
私の友人で最近着物に興味を持ち始めた人の何人かと話しても着物のイベントがあるということ自体を知らなかったり、知っていても「着物を着ていかないと相手にされなさそう」というイメージを持っているようだ。
なんの世界でもそうだが、1つのセグメントがある一定数の支持数を獲得すると志向性が同質化し、あるべき多様性を鈍化させる。私は近いうちにそれが起きるのではないかと感じ始めている。せっかく着物をより広めたいという強いビジョンを持った人たちが努力し、行動して動かし始めたのだから、ここからの新たな未来創造をいかにすべきかを考える段階に入ったと思われる。
業界全体の動きとして様々な問題提議が行政や業界団体などで行われているが、流通の問題、価格の問題、トレーサビリティの問題、販売方法問題などを議論しておきながら、結果的には世界遺産申請だの2020何とかだのと全くもってよくわからないランディングポイントを模索していて、現場と現実を本当にの意味で捉えられていないことが多く残念でならない。
まず大切なのは呉服小売市場は日本の小売市場規模全体のたった0.6%しかなく、さらに下降線をたどっているということを現実的に思えるかどうかだ。 私の以前からの持論であるが、「年商2785億円の株式会社呉服業界」という考え方を非常に難しいことではあるが各業界従事者、特に経営者が持てるかどうかだと思う(持てる訳ないと思えばそれまでだが 笑)。30年前は2兆円近くの年商があった企業が今や6分の1以下になったのだ。そんな状況の会社なのに、営業部だけの利益確保のために製造部や加工部を追い詰めるような会社組織は持つはずがないし、マーケットやターゲットを無視した商品政策や意味不明な価格設定が通用するわけがない。また選択と集中がより重要な時代に嗜好性の強い商品を扱う店がごった煮のような商品構成で売り上げと顧客を獲得できるわけがない。
今目の前の世界は小さな小さな小宇宙であって、その小宇宙は成長するためにどうすべきかを考え行動し続けなければ、飽和状態になったり、あるべき方向に進めず別の引力に引っ張られたり、あるいはブラックホールに飲み込まれたりする。 理想的なのはそれぞれの小宇宙が明確にセグメント化されていて、それらが異なる発展の仕方をしていくにしても互いが引力によって関連性が保たれるという形だ。 確かに都合の良い理想論かもしれないが何も理想を持たないより何千倍も良いし、自慢じゃないが今まで実際に色々とやってきた自負がある。 だからこそ次のギアを入れて自分の出来ることをしていこうと強く思うし、活動の場をさらに広げたいと思っている。

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2017年2月18日 (土)

第9回呉服業界若手経営者の会で伝えたかったもう一つのこと

1月31日に行った第9回目の呉服業界若手経営者の会では最終的に参加者139名、名物の大懇親会では109名という過去最大の規模となった。北は北海道から南は宮崎まで呉服業界の全ての分野の従事者やメディア、国会議員、経済産業省、京都市長、京都市まで政官民のマルチステークホルダーという形になったことは、非常に大きな意味を持つものとなった。

最初のパネルディスカッションは民法の一部改正法案の1つである成人年齢引き下げにおける、各地方自治体での成人式対象年齢が同様に引き下げになった場合にどのようなことが市場や業界のすべてに至るまで起きるのか?という議題であり、非常に重い問題であったが、行政、小売、流通、ものづくりのそれぞれの立場で真剣な議論になった。また会場の参加者の皆さんも大きな危機感と問題意識を持っていただいたことだと感じる。

この問題については法案提出が予想される今国会での動向に注目し、情報収集を密にしながら段階的に様々な方法で働きかけていきたいと思っている。

さて、そのあとに私の講義の中で伝えたかったもう一つのことがある。

非常に重要な内容であったが、あまりに振袖問題がインパクトが強すぎたせいか、参加者の皆様の話題として今ひとつ触れられていないような気がしたのであえてこの場で要点を押さえて記しておきたい。

①時代は既に変わり、次の時代に入っている

 会議の中ではIoTを中心に話したが、「デジタル革命」と言われるものはつい最近のことではなく、1950年~1979年までに当時の通信を中心とした情報伝達の発達のスピードを示した言葉として使われ、同時期に情報とコミニュケーションとテクノロジーの一体化によって急速に発展したICT革命とほぼ同じ意味で使われることが多いが、その頃から既にIT、いわゆるinformation technologyは始まっていたのである。

それがPCの普及によって各個人の情報量が膨大に増え、さらに2007年に発表されたアップル社のiPhoneが圧倒的なプレファレンスとディストリビューションによってスマートフォン含む携帯電話の普及率をあっという間に世界人口カバー率の9割以上まで押し上げた。

情報量も2007年あたりからガラッと変わった。人間が生まれてから数千年の歴史に刻まれた文章やフィルム写真などを含む全てのアナログデータ量よりもデジタルデータ量が上回った。2000年当時のデジタルデータ量は5%くらいでアナログデータ量が95%くらいだったのが、たった10年足らずでデジタルデータ量が99.9%以上でアナログデータ量は現在でも増え続けていてもその割合は0.01%以下という割合だそうだ。

そうなると必然的にその膨大な量の情報の使い方が変わる。いわゆるビッグデータの活用だ。これによって経済もライフスタイルも、全てのインフラも全ておいて変わってくる。時代は既に変わり、完全に新しい時代に移り変わっているのだ。

②呉服小売店の情報活用と経営の現状
 

呉服業界、特に小売店の経営について話を戻そう。

現在の呉服小売市場は2015年時点で2805億円(矢野経済研究所調べ)であり、予測される各チャネル別構成比は大きく分ければチェーン店が3割、専門店が2割、eコマース2割、リサイクル2割、百貨店1割といったところで、2016年は恐らくだがeコマースが専門店の割合を数%抜く形になるかもしれない。eコマースの割合が増えた要因としては単純に店舗数が増加したこともあるが、やはり、データマイニングによるマーケティングと各店舗の独自性にあるだろう。もちろん価格優位性もその要因であることは間違いない。

一方でリアル店舗の小売店はどうだろうか。確かに以前よりWeb活用はHP、SNSなどを中心にある程度積極的になってきてはいるものの、高いレベルで活用できているところはほんの一握りである。多くのスタイルはほとんどが昭和60年~平成初頭までの営業方法と変わらない。その大きな要因は経営者と従業員の平均年齢が圧倒的に高いことにあるだろう。とはいえ、チェーン店などは若い経営者、若い人材が増えてきているが、何れにしても情報活用が有効に行われているとはお世辞にも言い難い。

今は大規模でなく小規模店舗でもPOSを導入して顧客の購買データ等の蓄積はされているが、そのデータを次の営業に生かすためのデータ解析力が残念ながら低い。もちろん催事売り上げや店頭売上のデータは今では労せずしていとも簡単に出るが、そのデータが何を示しているかをあらゆる角度から解析することをせず、単純に出た結果を経験と勘と思い込みでこじつけているのが現実である。

結果分析は単なる現象分析に過ぎないということに気づいていないのだ。

基礎中の基礎になるが、誰に?何が?どのように?売れたのか?そしてなぜそうなったか?を徹底的に深く掘り下げていかないと根本的な対策の種にならないのだ。

これを話すと一冊の本が書けるくらい記さねばならなくなるが、「データは単なる現象に過ぎない」ということをまず全ての小売店経営者が認識し、それらを過去のデータ、販促データ、顧客データ、日々の営業データ、社員の行動データ、そして市場データ、地域経済分析データなどありとあらゆる角度からその現象データを見ることによって「現象が現状に変わり、現実が見えてくる」のである。

兼ねてから呉服業界にはデータアナリストが必要であり、数字を画像にできる存在が必要であると言ってきたがこれからは特にそう感じる。

③世の中には必ず法則が存在する

時代は変わっても唯一変わらないのは「人間」という生体である。

その人間が時代は変わっても経済活動の中で考えることはほとんど同じであるという。こういうと①で述べたことと矛盾するように思えるがそうではない。様々な思想、道具、システムなど時代とともに知識と知恵を使って生きるためのものを作り上げてきた。それによって生体以外の全てのことは進化し続けていることは確かであるが、それでも人間はほぼ同じことを繰り返している。

1700年代後半に活躍したドイツの哲学者ヘーゲルはドイツ観念論を基礎とした弁証法的論理を生み出し、その中で「事物の螺旋的発展の法則」という考え方を提言している。

わかりやすく例えれば、螺旋階段を想像して見ると良い。螺旋階段は横から見ると上に上昇しているが、真上から見ると円に見え、ぐるぐる回っているように見える。

この原理で言えば、「事物は同じことを繰り返すが、繰り返し巡ってくるときは1段も2段もレベルが上がって繰り返される」ということになる。

考えて見るとその法則は様々なビジネスモデルに当てはまる。例えばレンタルビジネス。これは近代にできたビジネスではなく、日本では既に江戸時代に存在した。「損料屋」と呼ばれる商売があり、旅用品や洗濯道具、褌に至るまで貸すことで当時の庶民に利用されていた。これが今ではあらゆるものがビジネス、プライベート問わずそのレンタルの仕方も多様化され、またはセレクトの仕方もあらゆる方法でアプローチできる。

もう一つ例を挙げれば、eラーニング。自分が学びたいものをより専門的に、いつでもどこでもインターネットメディアを通じて利用できる。これも今に始まったことでなく、そのルーツは「寺子屋」だ。当時の寺子屋は身分も様々、状況も様々であり、封建社会の中では生まれた時からある程度将来が見えていた時代だけに、今の学校教育のように全てが同じカリキュラムを学ぶというものではない。それが今の時代に学びたいものを学びたいときに好きなだけ学べるというeラーニングは寺子屋の形がレベルアップし今の時代に合わせた形で再び巡ってきたと言える。

そう言った意味で呉服小売店がその方向性を考えるときに、この「事物の螺旋的発展の法則」のように、昔存在した良いものを今の時代にマッチングさせた形でできるものはないか?という視点で考えることは非常に合理的であるのだ。もちろん自店のデータを深く掘り下げてデータアナリシスをした上でのことは大前提である。

④秩序あるコミュニティ経済による自由流通の必然性

呉服業界は多段階流通によって商品の拡散性を生み出し、それをもってモノづくりを安定させ、各段階での利益創造を確立してきた。また多段階流通は川下から川上への段階的な消費者ニーズの情報伝達の逆流によってそのモノづくりや技術の発達にも役立ってきた。この形はごく最近まで最も機能的な流通構造として維持されてきたことも事実である。

ところが①で述べたように、根本的に消費者の購買行動が大きく変化し、個々の情報量と欲求の形が全くといっていいほど変化したことでこの多段階流通が機能不全状態に陥りつつあるのも残念ながら認めざるを得ない。

筆者は以前から流通と小売の協業論者ではあるし、問屋が不要であるとは微塵も思っていない。それは今でも変わらない。

では購買行動が多様化している中で、いかに流通を機能させるかということがこれからの大きな課題である。着物の絶対量が売れなくなった時代とは言え、問屋のディストリビューション機能はモノづくりを維持させるためには大きな生命線の1つであり、その機能が無くなってしまったら幅広い商品の絶対供給量が低下し、モノづくりの衰退に拍車をかけることは間違いない。

しかしながら、小売店の売上数量の大幅減少と催事偏重型販売による委託中心の取引が、問屋のメーカーに対する委託取引への割合拡大を誘引させ、結果的にメーカーの商品生産の蛇口を閉めてしまっていることに繋がっていることは残念ながら現実である。

これを新しい時代に対応した流通の形を現実的に考えるとしたら、やはり「自由流通」である。ただし勘違いしてはいけないのは「直販の奨励ではない」というである。

市場は高度成長期の「売り手市場」から人口オーナス期に変わったことで起こる消費価値観が左右する「買い手市場」に変化した。そして全ての消費者が全ての情報を自由に取得できる時代になったことで、消費の形は「価値共創市場」に変化したと言える。

価値共創市場とはコミニュケーションによって人々の物の見方や信念を変えて特定の行動へのインセンティブを埋め込んだサービスや仕掛けをするという市場である。これによって近年多くの小売業が取り組み始めたのが「コト消費」と言われるものだ。

売り手と買い手が価値を共有するだけではなく、共に創造する「価値共創」という新しい消費意識が生まれているのだ。それに対応するための形として私は「コミニュティ経済による自由流通構造の強化」が必然的に強まってくると考えている。

そのときに考えるべきは消費者コミニュケーション、小売店コミニュケーション、問屋コミュニケーション、メーカーコミニュケーションという各段階との相互コミニュティの構築と、必要性や各段階のニーズによって段階的取引、直取引の自由流通構造がより進化して、全ての流通が共創と競争によって進化して、結果的に消費者ニーズとものづくりも進化するという流れを作ることが私の考えている流通進化論であり、螺旋的発展の法則に当てはめて言えば、新しい多段階流通の形でもあると考えている。

そしてこれは現に流れとして出来つつあることも必然的な現象であるといえよう。ただし、絶対条件としてはコンプライアンス(法令遵守)に則った形での進化していかねば、今度こそ市場から排除されるということも強く申し上げたい。

「秩序あるコミニュティ経済による自由流通の進化」これが呉服業界若手経営者の会で伝えたかったもう一つのことである。

次回は会期は未定であるが、ざまざまな状況がさらに変化すると思われるので、早い段階で第10回を開催したいと考える。

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2017年1月28日 (土)

経済と観光と文化と

いつも呉服業界若手経営者の会の前は様々な観点から考える。経済は一人当たりの生産性×人口だから、人口がシュリンクしていくと経済もいずれ低迷すると単純には考えることができるが、果たして日本経済は将来性がないのかというと疑問である。

日本の一人当たり実質GDPは約4万ドル、アメリカは緩やかに伸びていて5万ドル、シンガポールは7万ドルと10年前の1.5倍、スイスに至っては約8万ドルだ。もちろん全てを端的に一色単に比較することは意味のないことだが、推移を見てみると日本は1990年からほとんど横ばいであり、10年前から見ればほぼ同じだ。よく失われた20年と言われるがこういうことなのかと改めてその言葉が理解できる。

もし、日本の一人当たりの実質GDPがシンガポール並みの7万ドルになったのならば、現在の1.7倍にもなるわけで、いくら人口が減少することが避けられないといえども7割減ることは考えにくいから、生産性×人口に当てはめれば、人口は減っても経済は発展できるということになる。

さらに深く掘り下げてみると日本のGDPの7割がサービス業だ。日本は製造業のイメージがあるが、現代の第3次産業は日本経済の要となっている。そのサービス業の要であり大きなウエイトを占めているのが医療福祉と観光である。おそらくこの医療福祉と観光が大きく伸びることによって日本の一人当たりのGDPが伸びるというのはこの流れからして察しがつくが、この生産性が向上していない。ちなみに調べてみると製造業の生産性はかなり良い。逆にいえばこれ以上の伸び代は少ないとも言える。

一方医療福祉と観光の生産性はまだまだ伸び代があるということだ。特に観光は2006年当時30兆円あったが、10年経った現在は24兆円まで落ちている。外国人観光客は日本政府観光局のデータよると2016年は2400万人を超えて過去最高を記録しているが、その経済効果は4兆円程度。ということは日本人自体がいかに観光しなくなったかということが言える。

それに関しては色々と要因があるのだと思うが、今問題になっている宿泊施設数を含め交通インフラなど様々な観光インフラの整備が遅れているか、あるいは整っていないのではないかと思われる。

観光関連の雇用体系は約7割が非正規雇用のようなので、サービスが存在してもその質が向上していないことも日本人の観光が低迷している実質的な要因でもあるのかもしれない。

医療福祉はよくわからないのでそれについては日本医療開発機構の理事長をしている従兄弟に聞いてみることにして、観光の生産性が向上するためには個人的には「文化」がその大きな武器として威力を発揮できるのではないかと感じている。

その中でも日本の伝統工芸はそこ知れぬ魅力と力を持っているはずである。だがそれをきちんと伝達できる形を国を含め、各地方自治体も作れていないのが現実だ。

そしてそもそも日本の各地方自治体が足元の観光資源に気づいていないというのも大きな要因であるかも知れない。

例えば文化財。各都道府県や市町村が指定している文化財は全部で110089件あり、さらに文化庁が指定する有形、無形、名勝地などの文化財は4294件もある。日本全国の都道府県や市町村でその数の多少はあれど、全てにおいては少なからずそういった観光資源は存在するはずだ。

また経済産業省が指定する伝統的工芸品においては、ほぼ全ての都道府県に存在し、その数は現在222件に登る。

私が住んでいる京都は確かに世界に誇る観光地であり、登録文化財数も群を抜いているが、伝統的工芸品の件数は東京や新潟とほぼ同数である。では何が違うかというと、行政が積極的に観光産業に力を入れており、特に伝統工芸や日本文化の振興においては「伝統産業活性化推進計画」という「京もの」と言われる伝統工芸品をいかに国内外に発信するか?また次世代の担い手をいかに育成していくか?観光産業とのマッチングをどうすべきかなどを積極的に取り組む仕組みが存在する。

私がライフワークとしている呉服の世界も観光とのマッチングは非常に有効な手段の1つであり、外国人を含むより多くの人に「日本の着物」を知ってもらう大きな武器でもある。
アウトバウンドとインバウンドの両輪が大きく回ることで日本人自体が自国の文化資源に気づくという「リバウンド」がこれからの呉服業界の活性化に絶対的に必要である考えている。 観光の活性化がサービス業の生産性を押し上げ、日本の一人当たりのGDPを向上させ、避けられない人口減の中でも経済の安定や向上をなすことができる。そういう意味でも私たちが世界に誇れる大きな武器である文化、そして伝統工芸をどうにかしてより顕在化させていきたい。

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2016年5月31日 (火)

きものの街 新宿の可能性

昨晩某大手百貨店の営業部長と新宿のきもの市場の可能性を話した。オリンピック開催地であり、日本で最も人口が多く集中する東京は各地区によってファッションはある程度セグメント化されている。銀座と日本橋は近くとも全く異なるし、青山と渋谷も異なる。ほんのすこしの距離でも地区ごとに全く違う顔を持つ。それが東京の面白いところでもある。

新宿も今までは歓楽街としてのイメージが強く伊勢丹、マルイなどによってファッションの街としてのプロモーションを仕掛けているが実のところはそのイメージは定着していない。
ところが、数年の歳月をかけた巨大バスターミナルが出来、駅周辺のトラフィックに自由度が増し、新宿の東西南北を行き来しやすくなった。これによって流れが止まりがちだった南口、新南口付近の客流は大きく変化してきている。また日本最大の歓楽街である歌舞伎町の象徴だった新宿コマ劇場跡地に巨大な新東宝ビルが建ち、これをキッカケに歌舞伎町の様相が大きく変わる可能性が高くなった。
また若い女性の来町数もどんどん増え続けているようで、女性の消費がより高まることで、この街が新たなトレンド発信の地になることも想像することは簡単だ。現在パリが駅の再開発のモデルとして着目したのが新宿であり、「プロジェクト・シンジュク」としているようだ。

きもの市場としても凝縮された東京の中で各地区によってセグメント化しやすいのではと感じる。例えば正統派着物が合う日本橋や銀座地区。上質なしゃれ着が合う青山、六本木、ファッションとしての着物を意識した着方の合う新宿など着方のイメージの明確化ができるのではないかと思われる。かつて「銀座ごのみ」と言われた着物のトレンドがあったようにその街ごとに合う着方や商品イメージが存在する。そしてそれを発信することで着物自体の大きなビジネスプロモーションにもなる。

そんなことを昨晩話していた。これには賛否両論あるかもしれないし、理想論だと笑われるかもしれないがそれはそれで可能性はないとは言えない。

新宿市場の可能性の根拠
*1日当たりの駅利用客数346万人(世界一)
*年間商品販売額1兆280億円(日本一)
*外食市場規模1531億円(日本一)
*外国人観光客が訪れた場所55%(東京一)

どんな業種であれ、現実的にここにマーケットを求めない方が不自然である。
そしてそう遠くない未来に新たな東京の顔として変化することは明白である。
「新しいきものの街 新宿」ありだと思いますよ〜。

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2016年5月28日 (土)

入口と気づき

今日は宮崎で太物サミット。
今まさに行われている最中。私はどうしてもスケジュール調整ができず誠に残念ながら不参加となりましたが、おそらく大々的に開催されていることでしょう。
主催者の染織こだまの児玉健作氏はずっと一貫して太物を通して普段から着物を楽しむことで着物が持つ多様性を引き出し、日常的な衣服としての定着を目指してきました。
また地元宮崎の活性化を精力的になさる中で、着物を通した地方創生の可能性も模索していらっしゃいます。
私も児玉さんとは付き合いが長くなりましたが、彼のすごいところはその考えがずっとブレずに一貫しており、しかも積極的に行動するところだと思いますし、敬服しております。

確かに着物は徐々に社会に顕在化しつつありますが、現実的にはまだ我々呉服業界や着物ファンが考えているほどの浸透度ではありません。まだまだごく一部であると考えたほうがいいでしょう。根拠はその市場規模は依然萎んでいる状況にあるからです。

ですが、これから着物が社会に再びより顕在化していくためにはもっと多くの「入口と気づき」が必要となると思います。
敷居を低くするという意味での「入口」はどんどん増えていますが、普段着やフォーマル着、あるいはそこから派生する様々な着方や楽しみ方などをユーザーが認識できるセグメント化が必要でしょう。

これはすでにインターネット上の店舗はどんどんセングメント化が進んできており、市場シェアは唯一広がってきています。ところがリアルショップはそのセグメント化がまだまだ出来ておらずそのシェアは依然年々縮小傾向にあります。そういったセグメント化という入口をより意識をしていかねばならないと感じています。

「気づき」はあらゆる着方を受け入れ、その中で自由と規制を明確にすることで、着物の多様化は正しく進んでいくような気がします。
ものごとには「常識」「非常識」「不常識」という3つの常と識があると考えます。常識はT.P.Oと言われる着方やそれを場面によって選択するモラルなどを指し、非常識はその壁を打ち破る自由であると考えます。ですから非常識は決して悪いことではないと考えます。しかしながら「非常識」は進化や想像の種にもなりますが、文化や社会規律を乱す恐れもあるもろ刃の剣ですから、やはりそこには最低限のモラルは必要になるのかもしれません。

もうひとつの「不常識」は触れてはいけない神の領域です。そこに触れてしまうともはや着物の多様化どころか、着物とは全く関係のないものになってしまい、また社会的な視点で言えば排除対象になるようなものです。この領域に我々は踏み入れてはいけないし、それを伝えてはいけないとも思います。

「入口と気づき」というキーワードは着物に様々な可能性をこれからもたらすものと考えています。

今日行われている太物サミットが各地で行われるようになり、太物というセグメントが新たな入口と新たな気づきをもたらす大きなきっかけとなればと心から思っています。 太物サミットHP

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2016年4月22日 (金)

次世代の裏方という使命

先日妻から言われた言葉にハッとした。
妻は現在不定期で友人の経営する飲食店に手伝いに行っているが、土地柄この業界の利用者が多く、その日も若い染織系の集まりらしき客が席を設けていたそうだ。
妻が断片的に耳にした内容として、何かのプロジェクトかイベントがあり、そのために大変な準備をしたが、とても不本意な結果だったようで、その反省会兼打ち上げ的な食事会だったようだ。
「作家とはなにか?」「ものづくりに対しての不理解と誤解」などなどどうやらイベント主催者との温度差やプロモーション不足などが主な議論になっていたそうだ。

その話を聞かされた私は、
「そんなのは甘いよ。自分たちの努力不足でしょ。俺たちなんて…」
と無意識に自分たちが同様のことを何度も経験し、そこで何をしてきたかなどの経験という言葉を並べてしまった。

そのあとの妻の言葉にハッとさせられた。
「その人たちの商品が何気に置いてあったけどすごく良かったよ。だけどこの業界は上が詰まりすぎているよね。重鎮と言われる年齢の人たちが未だ現役で、その下にあなた達のようなドンドン考えたことを実行できる人達がいる。そのさらに下の世代の人たちはそういう意味では大変だよね。失敗すれば色々言われるだろうし、新しい事をやろうとするとまずは経験の長い人達から斜めから見られるだろうしね。」

この言葉を聞いて、以前自分が将来なってはいけない、なりたくない姿にもしかすると向かっているのではないかという嫌悪感に襲われた。

経験と過去の売れていた時代にやってきたことが正しいと思いこむ大先輩達に反発し、和装業界を変えてやると意気込んでやってきた自分だが、いつの間にか次の世代の頑張っていてまだ燻っている人達に対して無意識に「甘い」「俺たちの時は」という何の意味もない上から目線になっていた。

特に私の立場は小売でも、流通でもものづくりでもない。そして和装業界を変えてやると思ったのなら、次の世代に繋げる、あるいはそれこそ自己の経験を活かして次世代の頑張っている人たちの好機をいかにして作るか?が私のこれからの役目でないのか?と思ったである。

自分の経験や実績を上から目線で見下ろすような態度は、ただの害である。なんの啓蒙にもならないし、ましてや振興にも繋がらない。
いかにして次の世代に輝いてもらうか?今年50歳になる自分にとって絶対的に課された使命だと思って、「次世代の裏方」という考えを強く持って行こうと思った次第だ。

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2016年1月 4日 (月)

2016年頭所感

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。 2016年が到来し、21世紀に入ってからちょうど15年がたった計算になります。 もうそんなに経つのかという感覚の方が多いかと思いますが、そのたった15年で呉服業界も大きく変わりました。

2001年当時の呉服小売市場は約6400億円ありましたが、2015年度は2895億円(矢野経済研究所予測値)と半分以下の市場にたった15年でなってしまいました。 15年前、私はNCのバイヤーでしたが、呉服小売市場は当時から「ピークの半分まで落ち込んだ」と言われていましたし、当時から色々な業界の方々がこうすべきだなどというもっともらしい意見が飛び交っていましたが15年経った結果はそこから更に半分まで落ち込むという状況になっています。

しかしながら、15年前と異なる兆しも見え始めています。それは素材別小売規模推移が正絹と綿、合繊、麻などの正絹以外の素材の割合が15年前の2001年は8:2だったのが、現在6:4まで急激に変化してきています。 これは浴衣の1990年代以降の普及による伸びが要因と言えますが、ここ数年はきもの消費の仕方が変化してきて、「所有」から「使用」へ大きく変わってきていることからその傾向は更に強まっています。

「きものを着たい」と思っている人たちは様々な情報を様々な手段で取得し、様々な形でその欲求を満たそうとします。それによって消費者によって選択されるもの、選択される価格、それに加えて創りだされる表現が出てくることでいわゆる新たな価値が創造されて文化が変革されていきます。

いまあらためて「きもの」が少しずつですが再び認識されてきているという現象はその入口の幅が広がってきていることでもあると思います。その答えが2013年の市場規模がわずかながら30数年ぶりに前年比を超えたということだと思います。2014年度は増税反動減で再び減少しましたが、2015年度はたった1.4%ですが回復傾向にあると予測されています。大切なのはここで我々の世代がいかにすべきか?ということだと思います。

ビジネスの根底には客数✕客単価という絶対定義があり、正絹素材の消費が正絹以外の素材消費と拮抗すれば、絶対購買数という客数が必要になります。いままで呉服業界は市場を保つために正絹素材中心の商品供給をしてきました。それによって客単価を保持し、客数減少をカバーしてきました。ですが、売上が減少する前に客数が落ちるということに気づかず、どんどん減っていく客数に対してさらなる客単価を追求し、商品と価格の整合性という「価格の信用」を呉服業界は1990年代後半から2000年にかけて失っていきました。

また、いつの間にか売場は商品を売る場所ではなく、減った客数を何とか集客するための場となり、きものと全く関係のないもので釣るような集客手法が蔓延していき、愛知のあづまやの柴川さんの言葉を借りれば「呉服店は怖い場所」になり、「売り方の信用」まで失うことで新たな顧客獲得も困難になっていきました。 それによって呉服店は「背に腹は代えられない」から「店を維持するため」、「生きていくため」の考え方により強くなっていき、消費者不在の状況がより強くなることで、いつしかその必死の商売が死に至るための商売になっていってしまったのは皆さんがよく知っていることだと思います。

当然その結果ものづくりは更に疲弊し、手頃な価格で購入できる正絹商品の供給が出来なくなることで流通在庫の鮮度は落ち、絶対流通量も確保できなくなり、呉服小売店の催事販売も減少の一途をたどっています。 きものを着たいという消費者がリサイクルや手頃に求められる正絹以外の素材に目が行くことは当然のことですし、それをしっかりと販売できる小売店に客数が集中することは当り前のことです。また呉服屋が魅力がなければ今の時代ネットショップを利用する方に行くのが自然な流れであり、ネットショップの絶対数の増加とネットショップの呉服小売市場構成比がきもの専門店シェアに追いつき、追い越すのは時間の問題でしょう。

暗い話を振り返るようにたどりましたが、ここからが前向きな姿勢を示したいと思います。 とはいえ、上記のような流れがあってもここ数年できものを着たいという人がどんどん増え続けています。またそういう人たちがどういうウォンツを持ち、どういう店を利用したいのか?ということを我々供給側がしっかりと把握して提案していかねばなりません。 そこで小売店に最も必要なことはセグメント化だと思います。簡単にいえば自分はどんな着物屋であるか?ということです。
すべての商品やそれを司るビジネスにセグメント化は存在します。 小売のカテゴリもSC(ショッピングセンター)、SS(スペシャリティストア)、 DS(ディスカウントストア)、Dpt(デパートメントストア)などにわかれていますし、それぞれの特徴に応じて消費者が選択をします。これはアパレルでもファニチャーでも食品などもそれぞれのカテゴリで同じです。 ですが、まだ呉服店はほとんどセグメント化されていません。高級呉服店と普段着呉服店とどう違いが出せているのか?それをどう消費者にプレゼンテーションできているのか?まったくもってわかりません。消費者はたださえわかりにくいと思っている着物を更にわからない小売店に行ったり利用するわけがありません。

これから小売店は自分の店はこうですということをしっかりと位置づけて、それに沿った品揃えとプレゼンテーション、そして知識を身につけ、販売という技術も含め構築していかねば絶対に淘汰されていくことでしょう。 高級なものは売れない?そうではありません。高級なものは売れます。自店に見合った商品を責任ある仕入れで品揃えした上で適正価格を付け、日々知識を修得しきちんとした販売をする。そういう店がまた売れてきています。私もクライアントと一緒に数店舗そういう店を作ってきています。それは経営者がしっかりとその意志を持ち、覚悟を決めることで現実に出来ることなのです。 小売店は絶対に変われます。但しすぐには変われない分、早いうちから革めなければなりません。平成29年4月1日の増税から我々のような業界の消費者からの大選別は大きく変わることでしょう。それまでにどうすべきかを今から考えるべきだと思います。

モノづくりに関しても今年からより一層取り組んでいきます。 職人の高齢化と後継者不足の問題は周知の通り深刻さを増してきています。何故そうなったかは様々な事由がありますが、売りは売りで変えていく必要があるとして、後継者がいないのではなく、後継者を作れないような環境や慣習になっているのではないかと考えています。 これに関しては伝統技術といわれる分野においては染織のみならずでしょうが、若い人でいわゆる伝統技術と言われるモノづくりをしたいという人は山ほどいます。なのに後継者不足が叫ばれるということはどこかに大きなギャップがあると思います。

そういう問題に対し、藤井絞の藤井社長と以前から何回も議論を重ねており、今後行政と民間が連動した染織の未来を考える協議会を作っていくことを検討しており、また日本が現在誇る先進技術の分野での次世代育成の仕方のオペレーションも学び、良い部分を取り入れていきたいと思っています。 また呉服業界への新しく若い人材登用の強化をいかに進めていくかを、全国の和装事業者と各教育機関、きもの専門学校などと連携し、以前から少しずつ進んできている「きものハローワーク構想」をより強化して行きたいと思っています。

そしてそれと同時にきものも含め、日本の染織技術(伝統技術と先進技術の両面)を使用して世界に日本のモノづくりの良さをPRすべく、世界市場創出にも注力していく予定です。 まずはきものアルチザン京都のニューヨークファッションウィークへの世界初のきもの出展、同じくアルチザンのシンガポールデコールショーでの染織技術を使用したテーブルコーディネートによる世界市場ニーズのリサーチ及びビジネス創出、そして今後ヨーロッパでの市場創出に向けての活動も積極的にしていきます。

色々と年頭から長く書きましたが、今まで何度も言ってきたように、現在の情報化社会の中での市場創出は、呉服業界のように村社会的な対策の建て方では何も変わりません。 また今後色々と動けば動くほど抵抗勢力も出てくるでしょうし、大先輩たちからの批判もたくさん受けるでしょう。ですが結果的に業界が良い時に何もしてこなかったツケが回ってきたわけですから、それを「我々の世代が背負って立つ」くらいの気概がなければ何も出来ませんし、何も変われません。幸いなことに素晴らしい仲間に恵まれ、そして素晴らしい応援団がたくさん出来ています。その期待に応えるべく、2015年のキッカケの1年から2016年の実行の年にしていきたいと思います。

小さな業界で真剣にもがく姿をどうぞ笑いながら見守って頂ければ幸いです。 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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2015年12月31日 (木)

様々なキッカケになった1年

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今日は12月31日大晦日。早いもので2015年が終わろうとしています。
私にとって今年1年は様々ことで「キッカケ」になったことが多い年でした。
小売店のコンサルティングにおいては今年も多くの新しいお店との出会いと取り組みが増えました。

またクライアント先の中で幾つかの周年があり、そのプロデュースもさせていただき結果を出させて頂きました。そういった意味でイベントとビジネスの連動をこれからの時代にいかにすべきか?という部分での新しいキッカケ作りにもなりました。
新ブランドのマーケティングディレクションとしてはきくちいまさんと季織苑工房(粟野商事)のコラボレートブランドである「いまのいろ 〜skala」を担当し、キャラクターと産地の連動というブランディングをするキッカケになりました。現在は扱い店舗も増え、粟野社長の本来の意向であった「米沢織の新たな魅力発信」という目的にも貢献できたと思います。

きもの振興という面では、経済産業省の和装振興研究会に委員として招聘され、国レベルのきもの振興というキッカケになり、1つの方向性として「きものの日」を提唱し、官庁もその日はきものを着て出勤しようということを発表した日は店頭公開株の和装関連上場企業の株価が一斉に上がったという現象まで起きました。

また3月にはきものアルチザン京都主催、経済産業省、京都府、京都市後援の「きものシンポジウム」のプロデュースもさせていただき、京都が琳派400周年ということもあり、何と建仁寺の本坊方丈にて開催という形になり、パネラーにアートアクアリウムの木村英智さん、経済産業省大臣官房審議官、京都府商工労働観光部長、京都市産業観光局長、着物スタイリストの浅井広海さん、マリア書房の高野明子さん、立命館大学経営学部准教授の吉田満梨さん、そしてきものアルチザン京都理事長の藤井浩一さんを迎え、きもの振興、ものづくり、世界発信、ビジネスなど様々な観点から有意義な意見が出て、私にとってもこういった場をコーディネートする大きなキッカケとなりました。

そして、きものや染織の世界市場創出ということで、きものアルチザン京都が世界で初めて4大ファッションウィークの1つである「ニューヨークファッションウィーク」にきものを出展させるプロジェクトやミラノできものを紹介するきものエキシビションルームの設置、そして来年3月にはシンガポールデコールショーという見本市にアルチザンとして初めて出展することなど、世界市場に挑戦する大きなキッカケとなりました。そしてまた、ヨーロッパからのオファーも頂き、数珠つなぎのように繋がり始めています。
今年はこれらのいくつも大きな「キッカケ」を頂き、そして経験し、来年はいよいよそれらの「キッカケ」を形にする年だと今から緊張に包まれています。そして今まであまりこの業界で重視されていなかった「マーケティング」という活動が少しずつですが意識し始められてきていることは私の仕事柄非常に嬉しく思っています。
また、来年はどんな「キッカケ」と出会えるのか?にも今からワクワクしています。

今年大変お世話になった方々にはこの場を借りて心から感謝を致しますし、引き続きよろしくお願いいたします。
そしていま、NYとマイアミを行き来し、ニューヨークファッションウィークを成功させるべく想像を絶する重圧とストレスの中で取り組んでいる統括プロデューサーの浅井広海さんに心から感謝したいと思います。ありがとうございます。

そしてみなさま、良いお年をお迎えください。来年もよろしくお願いします。

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