2019年4月18日 (木)

パッケージの重要性

パッケージの重要性は商品のデザイン性や品質と同じくらいに消費者にとっては重要なものである。身近なところで言えばApple製品などはシンプル且つ商品自体に対面する前のワクワク感をそそるようなパッケージになっている。ビックメゾンと言われる高級ブランドなどもペーパーバッグ含めたパッケージへのデザイン追求にも手を抜いていない。Youtubeでも商品の開封動画などが人気であり、パッケージの紹介から開けるまでのワクワク感が視聴者と共有する部分でもあるのだ。

小売店で言えば百貨店などはそれぞれに特徴を持たせ、どの百貨店で買ったかが一目でわかるよう各社が差別化しており、贈答品においてもどこどこの百貨店で買ったとわかるような包装紙や紙袋によって自己顕示欲と贈り主の気持ちをそこに乗せていると言っても過言ではない。

 

着物業界に目を向けると、着物を包むたとう紙や納品箱に対してそう言ったこだわりを持っている店は非常に少ないように感じる。数十万もするような着物も数千円で買える浴衣とおなじたとう紙を使っていることが多い。多くの店主はたとう紙はできるだけコストを抑えられれば良いというようなスタンスで和紙風のパルプ紙製だったりすることも少なくない。

 

納品箱においてもそうだ。出来上がり納品は一昔前までは呉服店の係がお客様宅まで持って行ったが、現在はお客様に店まで来ていただいて納品するため納品箱に入れてお持ち帰りいただく形が多くなったのだが、その箱においてもデザイン性や品質などにほとんど気を使わないので、お客様の反応としては「家では邪魔になるもの」という印象が強くなっているようだ。

 

パッケージは商品を価値付けるために実は非常に重要なアイテムであって、絶対に軽視してはいけないものである。ましてや着物のようなある意味他と比べて高価なものなら尚更である。

 

マーケティング的にパッケージの効果をいうと、パッケージがもたらす提供価値は4つに分類され、機能としての「合理的側面」と心理的な「情緒的側面」があり、それをさらに購買場面と使用場面という項目に掛け合わせる形で分析されるが、ここでいうパッケージはどちらかというと情緒的側面の効果によって中身の商品が見えなくてもその商品を視覚的に価値付けることが出来、それがまた消費意思決定や消費意欲につながると思われる。またそれを売っている店やメーカーのブランド認知度として大きな役割を示すこととなることは明らかである。故にこの業界においてパッケージをただの納品処理物として考えてしまい、そこに投資しないことは自ら製品価値を初めから落としていることになるやもしれない。

 

唯一この業界で素晴らしいと思えるパッケージを採用しているのはY&Sonsというきものやまとが運営している男物専門店のパッケージだ。ある意味合理的側面と情緒的側面をしっかりと考慮した上でパッケージをデザインしている。なによりかっこいいし、もしかすると多くの人がそこに着物が入っているとはほとんど思わないだろう。写真は著作権の問題あるのでそれらを紹介されているサイトのURLを貼っておくがやはり流石の着眼点だと感じる。

https://storgram.com/post/BrwouG_ng6l

 

いま着物業界でも若い店主やメーカーが色々と努力しながら着物を広げようと努力している。着物をファッションとして確立したいと頑張っている。であるならば、消費者に対してもっとカッコいい、おしゃれなパッケージも同時に考え提案すべきではないか?と考える。そして「お金があるから出来る」とか「大きな企業だからそこまで出来る」なんて考えることを放棄したような言い訳ではなく、消費者が「カッコいい!」「欲しい!」と思ってもらえる商品とパッケージの両面から自らの商品や店自体をブランディングして欲しいと願っている。

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2019年4月 2日 (火)

「将来の自分を作る最高の嫌な仕事」

331日にある企業の新入社員研修の講師をしました。

その中でこんな話をしました。

「つまらない」「嫌だ」「こんなことをする為にこの会社に入ったわけではない」と思うことがこれからたくさん訪れます。

私も企業に20年いましたが、まさにそんなことの連続でした。

新人でお店に配属された時は、誰よりも早く来て掃除をするのが嫌で嫌で仕方ありませんでした。ですが商品を綺麗に直しているうちに自然にどこに何があるかを覚えていました。

また在庫が減るペースが早い商品と遅い商品で売れ筋と死に筋を覚えていました。また何が欠品しているかもすぐわかりました。それら全部が無意識に身に付いていたことです。

 

本社の商品部バイヤーの新人の頃は来る日も来る日も入荷、検品、出荷、返品をしていました。憧れていた役職に就いたと思ったのに、アルバイトでも出来るような仕事をなぜしなければならないのかとおもいました。しかしながらそのおかげで商品を触った瞬間に目付や反幅がわかるようになっていました。どの商品がどこのメーカーで作ったものか?がすぐわかるようになっていました。また納品が遅れている商品があった時に先輩から「産地に行って手伝ってこい」と言われ、整経や織機の準備を訳も分からず手伝いました。なんで私だけこんな目に合うのだ、先輩たちは商品企画やマーケティングをしているのに、なぜ私だけ、、、と毎回思っていました。ところが、そういう手伝いをしているうちに織機の仕掛けや織難が出た時の原因や改善策がわかるようになっていました。やはりこれも全部無意識のうちに覚えていました。

多くの新社会人の皆さんは初めての連続の中で、楽しいことよりも嫌だったり、想像と違ったりすることの方が多いと思います。ですが、その全てがすぐに意味を見出せない、または結果の出ない「点の経験」をしているのだと思います。ですが、後で必ずそのいくつかの「点の経験」が線で繋がった時に自分が追い求めていたことや成果という結果に結び付きます。

私自身も今独立して何とかなっているのはそれらの「点の経験」があったからです。というよりもそれが今全てに関わって、しかもそれによって今の仕事が成り立っていると言っても過言ではありません。

 

「こんなことをする為にこの会社に入ったわけではない」「つまらない仕事だ」と思ったその瞬間の仕事こそが「点の経験」なのだと思います。そして必ずそれはどこかで自分を助けてくれると思います。
そしてそれは将来のあなたを価値づける「将来の自分を作る最高の嫌な仕事」だと思って向き合ってみてください。

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2019年1月 1日 (火)

年頭所感

年頭所感

あけましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりありがとうございました。本年は亥年ということで文字通り猪突猛進にて頑張りますので何卒よろしくお願いいたします。
昨年は1月の成人式の日にいきなり業界の信用を失墜させるような大変な事件が起こりました。当事者は逮捕起訴され、現在裁判中ということですが、被害に遭われた方々の怒りはもちろんですが、全国の和装業界や関連業種への影響も計り知れないものとなりました。すでに経産省の和装振興協議会でも成人式関連の商取引についての指針を出し、業界のコンプライアンスの強化と信頼回復に努めてはいるものの一度失った信用はそう簡単に取り戻すことはできないと思います。

その後昨年の振袖ビジネスは多くの小売店や流通に非常に厳しい現実をもたらしました。それだけでなく、振袖以外の本来の呉服店の営業も並行して非常に厳しい現実をもたらしました。その時は私も含め多くの人が1月の事件の影響によるものという考えが巡りました。
ですが、冷静に様々な分析をするとそうではないことに気づきました。

確かに1月の事件の影響は2月3月に顕著に現れ、特に振袖のお客様の動きの変化や契約により慎重になったこと、クレジット会社などを含めた取引先が振袖はもとより着物業界への取引の考え方が大きく変化したことなどがありました。しかしながらその後の業界の厳しい現実はあの事件がもたらした影響と考えるのはあまりにも他責的な考え方であると気づきました。

呉服業界という小宇宙の中で考えれば確かに大きな出来事でしたが、もっと広い社会に目を向けるとそれ以上の大きさとスピードで変わっているのです。

それは「消費の変化」です。

小売とテクノロジーは今や密接な関係にあり、消費動機、消費価値観、消費欲求などの多くはネット上から取得し、企業の情報発信も各企業HP、SNS、リスティング広告やYoutuber、インフルエンサーなどネット上の影響力の強い人を使うなど、消費者の情報取得の仕方の変化のスピードがテクノロジーの進化によってより早まり、昨年は更に加速したように思えます。
またフィンテックの進化も止まることなく、昨年はPayPayやLINEPayなどがより浸透しキャッシュレスのライフスタイルが進みつつあることも現実です。

海外ではAmazonの時価総額が1兆ドル(約100兆円強)に達し、中国のアリババは独身の日の売上がたった1日で3兆円を突破するなど、世界のECの売上規模の拡大はとどまることなく大きくなっていっています。

呉服業界の小売店はどうでしょう?多くの店が店頭は開店休業状態で、新しいお客様を迎える場ではなく、催事の準備や作業をする場になっており、月の売上は催事で売上をとる体質となり、毎回同じ顧客に売上を依存し、顧客は枯渇し、結果的に売上を落とし続けるという状況です。
また、ナショナルチェーンやローカルチェーンといった大規模小売店も店頭の大切さは感じつつも、月々の予算達成を意識するあまり現場はインショップという利点がありながらも、既存顧客によって催事売上の確保を常に注視するというマネジメントに陥っています。またその一方でネットショップを併用し絶対的な販管費率の低さや収益率の高さに気づいており、ショッピングセンターなどへの出店における固定費や人件費を考えると今後は店舗数の縮小などで特にナショナルチェーンがローカルチェーンに変化することも考えられるだろうと思います。現に大手5社と言われたナショナルチェーンのうち4社の規模はいまやローカルチェーンといって良いほどの規模に縮小しています。

冷めた言い方をすれば呉服小売店は商品の性格上稼働顧客の一定量を保てるか否かが重要なビジネスです。ですが、これまであまりにも閉鎖的な顧客管理をしてきたことから、顧客の増減率のバランスが非常に悪い業種であることも事実です。それほど新規顧客獲得は難しく、またそこから固定顧客化することに根気が必要なのです。それを長い間怠ってきたことで変化への対応力の低さや旧態然とした経験則からのマネジメント、厳しい時の他責的概念を持つなどが蔓延してきたのではないかと思います。それが結果的に昨年の「消費の変化のさらなる加速」にいよいよ対応することができなくなってきたのではないかと考えざるを得ないのです。

私は仕事上海外へ出張することが多いのですが、ニューヨークやシンガポールなどの小売はすでにECとリアルショップの闘いが激化してきています。特に前述したAmazonを仮想敵としてリアルショップは様々な工夫をしています。
全米に店舗を持つ百貨店メーシーズは以前までの戦略である低価格戦略を改め、体験型、体感型店舗への変換をし、客数を増やしています。また世界最大の小売店と言われているウォルマートは全米上位のEC企業を買収し、ネット販売効率と売上拡大の戦略強化を図っています。またニューヨークで人気の雑貨店である「ザ・ストーリー」はARなど駆使して、好きな雑貨やインテリア家具を仮想空間でそれらを使用する体感が出来るオペレーションを組み込んで客数と客の滞在時間を長くし売上を向上させています。IKEAもARを駆使したアプリを開発し、店に行く前にお目当ての家具が自分の部屋に合うかどうかをサイズも含め確認できるようにして売上効率と客単価の向上を図っています。

これらは企業の資金力の有無に関わらず、リアルショップがいかにして顧客に支持されるかを常に考え、そこに投資しチャレンジするという姿勢なのです。もちろんEC企業も競争は熾烈ですから常に変化への対応するために努力しています。
これから5Gという次世代通信インフラが整います。それによって今の何倍ものデータ送信量が可能になり、ライフスタイルがさらなるテクノロジーの進化によって変わってきます。

新しい年を迎え、私たち呉服業界は本当の意味でどの道を進んでいくか?を選択せねばならない岐路に立たされました。

小売店はリアルショップにしかできない「コト」とは何かをすぐに考え実行していくことをしなければなりません。店はお客様のためにあります。商品置いてある倉庫ではありません。そしてこれからの店は「売り買いする場」だけでは誰も振り向いてくれません。売り買いするだけならば便利なECに顧客は向かってしまいます。
顧客にとってこれからはリアルショップは「楽しめて」「発見できて」「学べる」という【遊び場】でなくてはいけないと思います。そういう店づくりが重要になってくると思います。そして新規顧客の開拓はそんな綺麗事ではなくある意味泥臭いものです。スマートな顧客づくりなどはなく、入口を広げ、出会いを大切にし、買った金額によって差別せず、その後のフォローをコツコツと積み重ねることが大切です。それがリアルの店経営であることをぜひ理解していただきたいと思います。

中間流通である問屋は今までの在庫機能、販促機能、金融機能、ディストリビューター機能に加えてモノづくり機能、マーケティング機能、プロモーション機能、コストコントロール機能という新たな役割に投資していくことが必要です。小売と協業することと同時にメーカーや生産者との協業も非常に重要になってくると思います。メーカーや生産者はテクノロジーの進化によって消費者と関係性を持つことができました。その中でこれからの問屋の役割は大きく変わってくるということです。そして間違いなく問屋としての新しい役割が重要となってきます。問屋は今の中間流通という立ち位置から商品に命を吹き込む「付加価値創造企業」という役割に進化することが求められていると思います。

メーカーと産地、生産者は恐らく委託中心の商品の流れにさらに苦しい状況に直面していると思います。生糸価格も含めた原材料の高騰、取引業社の廃業、価格を値上げ出来ないジレンマ、委託しても歩留まりが少なく、商品価値だけが下がっていく状況、次の商品を作るに作れないと言った状況。それによって次世代従事者がいない、家内操業における後継者の不在など負の連鎖が高まっていることも多いのでないかと思います。とてもじゃないですが、綺麗ごとを言ってる場合ではありませんし、夢のようなことを語っている場合でもないと思います。ですが敢えてそれでも前向きな話を言わせていただきます。
メーカーや産地、あるいは職人の強みはその商品はその企業またはその人にしか出来ないということです。自社の商品を何故知って欲しいのか?何故提案したいのか?着てくれる人にどんな事を味わって欲しいのか?などをどうやって知ってもらえるか?を考えることです。「知られないことは存在しないこと」ということを私は業界のすべてのカテゴリに言い続けてきました。この時代になって私たちはその「知ってもらうこと」への方法を手に入れています。だからこそ「私たち」と「私たちの商品」をどのようにして知ってもらうか?をもう一度考えてみてはいかがでしょうか?そしてそれを継続することで必ず何かの成果が出ると思っています。

消費の変化はこれから更に大きくなっていくと思われます。今年一年はそれをより実感することになるかもしれません。変えなければいけないことと変えてはいけないこと、チャレンジすることと守っていくことなど線引きもより重要になっていくことでしょう。
私としても次の若い人たちが色々な繋がりを持ってチャレンジしようしていることを嬉しく思いますし、私個人としては別のステージで次の時代を開いていけるような新しいチャレンジをしていきたいと思っています。

あらためまして今年は今上天皇陛下の御譲位と新天皇陛下の御即位に伴う新元号への改暦、消費税増税など色々なことが起きる一年となるかもしれません。そんな新しい激動の一年の始まりですが、何卒よろしくお願いいたします。

K.D.CPlanning 代表 石崎 功

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2018年7月31日 (火)

日経プラス10に出演

7月27日、BSジャパンの経済情報番組日経プラス10にゲストコメンテーターとして出演した。出演依頼が来たのは23日の夜という文字通り急な依頼であった。日経プラス10といえば、経済番組を強化しているテレビ東京と日本経済新聞社がガッチリとタッグを組んだ番組であり、メインキャスターがNHKのおはよう日本を長く務め、またワールドビジネスサテライトも長く務めた経済に強い実力派人気アナウンサーの小谷真生子さん。サブキャスターは取材力に定評がある林克征さん。解説委員に世界経済に精通した日本経済新聞編集委員の鈴木亮さんという錚々たるメンバー。その中で私が和装に関して15分も生放送でやり取りするという。今まで生放送経験といえばFMラジオの電話出演くらいしかなく、あとは録画だったので緊張感はあまりなかったが、さすがに今回は番組のレベルが違うということもあり始まるまではドキドキものだった。

どうせならきものアルチザン京都の宣伝も兼ねて藤井絞の竜巻絞りを新調して、良い意味で放送で触れてもらって少しでも広告塔になれたらと思い、祇園祭の後祭真っ只中に電話で商品確認。辛うじて広幅の着尺はあったものの問題は仕立て。藤工房の加藤社長に鬼のように電話したが繋がらず、翌日電話をもらったがやはり後祭で昼から出来上がっている状態(笑)どう考えても間に合うわけがなくあえなく断念。スタンダードに全身小千谷縮で放送に臨んだ。

テーマは和装ブームの中でタンスに眠る40兆円分の着物の活用法。スタジオでの打ち合わせで番組製作会社の後藤直純さん、TBSの経済番組夢の扉を手掛け、現在は日経の雑誌や番組の構成をされている売れっ子構成作家の大作麻利さんと台本を確認して何とかなるかなと思いながらも、大作さんから最後に「台本は持ち込めますけどほとんどの方が見れないですから」と笑顔で言われて凍りついた(笑)

いざ始まってみるとキャスターの方々はさすがにプロで、自然な会話になるような振り方、また私が言葉に詰まりそうになるとすかさずフォローしてくれる臨機応変さ。また秒単位で迫り来るモニターや後何分というフリップを出し続けられるなかで、巧みに時間をコントロールして番組を進行させる様を見て、1秒という時間の感覚の違いというのを実感した。

番組終了後キャスター全員から久しぶりに興味深く楽しい話題でしたと言われ、それがたとえリップサービスだったとしても出演してよかったと思えた瞬間でしたし、小谷キャスターがGinzaシックス行きます、今度色々教えてくださいねと言われた時はあらためて「着物のチカラ」を実感した瞬間だった。

私はメディアに出たり、記事を書いたりする時は予め告知をしないので、仲間内で観ていた人はあまりいないとは思うが、放送終了後、仲間からは「硬い」だの「髭を剃れ」だの番組内容とは全くかけ離れた意見をもらいため息(笑)

とはいえメディアの力とは凄いもので、放送後色々な人や企業からアポイントが来ている。なるほどこういう形でメディアというのはビジネスや人脈の接着剤になっていくのだなと感じている。
何はともあれ今の着物の現状を良い形で紹介できてよかった。

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2018年2月16日 (金)

男のきものに必要な提案

今朝、最近お知り合いになった方からメール頂き、「男きものはきもの活性化にイノベーションを起こすのではないか?」という言葉を投げ掛けられた。

確かに男きものは多くの既存呉服店では扱いが極端に少なく、呉服店の販売オペレーションは99%と言って良いほど女性物を想定したものになっている。

それ以上に多くの呉服店は総合和装品扱い状態であり、「販売店」ではあるが「提案店」ではない状態であることが、きものに興味がある消費者さえも遠ざけている状態であることは否めない。

その中で確かに男きものという市場は伸びしろがあると言って良いのかもしれない。

私が知る限り、男きもの専門店というと男物に早くから着目されていた「銀座もとじ」、早坂伊織さんが経営する「イオリスク」、やまとが運営している「Y&SONS」、浅草の藤木屋、日本和装の「SAMURAI」、京都では「えいたろう屋」、そして専門ではないが、きめ細かい品揃え、そして圧倒的に男性きものファンが多い、ご存知「あづまや」などが頭に思い浮かぶ。

もちろん他にもあるのだろうがすぐ出てくるのはこのくらいだろう。

男きものは着付けはすぐ覚えられるくらい簡単であり、素材も組み合わせもバラエティであるので、楽しみ方は女性同様無限大である。また、窮屈感があまりなく、着物でよく聞かれる着付けによる苦しさなどは皆無と言って良い。

私も頻繁に着るが、こんなに人相の悪い私でも多少は好感度が上がるほど変身しやすい(笑)

そう言った意味で、確かに男きものは老若問わず全ての男性に自信を持ってオススメしたい。

一方で男きものを提案するというビジネスの観点から見てみると、確かにファッションとして提案していることが多いのだが、どんなにセンスが良くてもあくまできもの自体に関心がある人向けのプレゼンテーションになっており、そこへのアプローチが局部的であることが多い。

確かに男性はスペックが好きなのだが、男きもののお店はどこか専門的で、ある程度の勉強をしてこないと、店員が言うことは理解できないかもしれない。

男性のファッション観は大きく変わってきているようで、おしゃれという概念の中に「格好良さ」に加えて「美しさ」を意識するようになってきているようだ。

調査会社の調べによると、20~30代男性への調査で、身の回りのケア、美容などに興味があるか?という質問に47.3%があると答え、特に気にしている部分は「頭髪」が53.5%、その次になんと「肌」と答えた人が52.8%もいる。

また身の回りのケアや美容などで行っていることの質問で一番多かったのは「化粧水をつけている」で26.1%だった。

また別の調査会社では年代として美容に関心がある男性は20代と40代が一番多く、ファッションは自己表現と同時に自分磨きでもあるということも調査によって顕著に現れていた。

それに照らし合わせたときに、男性消費者に男きものという存在を気づいてもらうためにはどうしたら良いか?を考えたときに、こだわりのライフスタイルの選択肢という観点をどう持ってもらうか?ということが考えられる。

私たちは毎日欠かさずすることを特別視はしていない。例えば「髭剃り」は出かける前の身だしなみとして行うが、エブリディのルーティンであるがゆえに、髭剃りは手動であれ、電動であれ、素早くそしてよく剃れるものを選択しており、多く場合そこにはファッション性は求めていない。

だが、そのルーティンを改めてこだわりのライフスタイルという形で捉えると、電動よりも手動の方がかっこいいとか、カミソリやそれを使って剃る自分の姿が格好良く、美しいなど別の動作として感じることができるかもしれない。もしかするとシェービングクリームもかなりこだわるかもしれない。

それはいつしか「髭剃り」が「グルーミング」という表現に変わる瞬間とも言える。

ニューヨークセントラルパーク正面横のタイムワーナーセンターの中にあるザ・アートオブシェービングという店はグルーミングもさることながら、カミソリ、髭剃り、研ぎ石、シェービングクリームはもちろんのこと、シェービングのコンサルティングもするという店であり、この店に入ると毎日のルーティンだった「髭剃り」はいつしか「ホビー」になるほど価値観が変わってしまうのだ。

バーニーズニューヨーク横浜店の4Fのメンズアイテムを集めたフロアは、そのワンフロアで伊勢丹メンズ館や阪急メンズ館の全館を凌ぐほどの魅力的であり、家具、アクセサリー、シューズやバッグといったライフスタイルを満たすアイテムが並ぶ中、バーニーズバーバーショップ といういわゆる理髪店が軒を並べている。男性のライフスタイルの中にある美意識を包括的に捉えているのだ。確かにそのフロアへ行くと、全く今まで興味がなかった商品が魅力的に感じたり、意識を奪われたりする。

もしかすると男きものの提案もそうあるべきではないかと感じる。多くは男きものとそれにコーディネイトする商品といったMDがされているのが一般的だが、男きものという選択肢に気づくような「着物を取り巻くライフスタイルオペレーション」というMDがもしかすると、着物に全く興味がなかった人に気づきを与えるのではないかと感じる。

そういった男きもの、あるいは女性物きものも含めた店や売り場はまだ見たことがない。

そんなことを考えると、きもの屋はまだまだやることがたくさんある。

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2018年1月15日 (月)

新たな、そして勇気ある破壊と創造の必要性

1月8日のはれのひ事件は社会に大きなインパクトを与えてしまった。絶対にあってはいけない、してはいけないことであり、卑劣としか言いようのない事件だ。当たり前であるがこういうことが起きればそれに関わる業界、業者に対する世論の印象や見る目が正視しづらくなることも致し方ないことは理解せざるを得ない。

私たち呉服業界は過去に数回の危機にあっている。1度目は社会情勢、2度目は経済情勢、そして今回危機になるかもしれない信用問題と法的要因である。

第1の危機は昭和15年のことである。

それまでの日中戦争が長期化することによって日本国内の物資が不足する一方で、戦争好景気という決して好ましくない景気が軍需成金を生み、高級品が好調な売れ行きを示した。その結果一般庶民の反感が高まりそれを抑えるために「奢侈品等製造販売規則」が生まれた。江戸時代中期頃に幕府が制定した「奢侈禁止令」と同じことが太平洋戦争直前に施行されたことは今となってはご存知の方は極端に少ないだろう。昭和15年7月7日に施行されたことからこれを「7.7禁令」と当時呼ばれていた。

当然のことながら絹織物や染物自体も制限されたことで呉服産業は大きな危機を迎えることになり、翌年第二次世界大戦が勃発したため、この法律は終戦の昭和20年まで続いた。

終戦後この7.7禁令は解除されたものの、当時はアメリカの占領下であったため、占領軍からの食料等の物資援助の見返りのための輸出に使用するため生糸と絹織物の自由な生産は制限されたのである。また戦時中は織機も鉄製であったために国への供出を強制されていたため、各産地においては一部木製織機を使用していた産地以外は生産再開までに長い時間を要した。

特に丹後産地、小松、福井産地などの生地等の絹織物産地は戦時下金属供出によって約6割強の織機を損出していたために昭和30年代になってからの本格的な生産となっている。

そんな中、昭和21年に行われた現在の成人式の前身である青年祭が実施され、それがきっかけで翌々年の昭和23年に成人の日の祝日制定となった。おそらく当時の呉服業界はその成人の日に未婚女性の正装である中振袖を何とか祝いの日の晴れ着として着てもらう事は出来ないだろうかと考え始めていたかもしれない。だがその時はまだ絹織物の生産制限やそれ以上に各産地がまともに生産できない状況であったため叶わぬ夢であったが、復興の機会を探っていたに違いないと感じる。

それが昭和30年代に入って生地生産が軌道に乗り始め、京都の染色業も活気付き、一般の着物同様振袖も数多く生産された事で、成人の日に振袖を着る人が徐々に増え始めていったと推測される。

成人式に振袖着用を決定づけたのは十日町産地の染物生産への大転換だと感じる。それまでは越後上布、小千谷縮などで知られるように麻織物を中心とした産地であったが江戸後期に西陣の職工であった宮本茂十郎が十日町に訪れ、絹縮や米沢織が考案した透綾を伝え、十日町は絹織物産地へと変換したと言われている。

そこから更に時代は進み昭和39年の東京オリンピックでの女性プレゼンターの振袖姿が話題になり、また第一次ベビーブームが昭和40年代に成人を迎えるというマーケット戦略からそれまで京都の独壇場であった友禅をはじめとした染物の生産に着手するという英断とも言える大転換を図った。それも京都のものづくりは分業であり、友禅をはじめとした染物は当時も現在以上に高価であったが、十日町の生産体制の特徴である「一貫生産」を染色に取り入れる事でコストダウンを図れ、購買客層の拡大が図れるという明確な戦略があった。もちろん一朝一夕で作れるはずもなく、数年の時間を要したが努力と熱意で現在のような染め、織共に着物業界にとって重要な一大生産地としての地位を確立したのである。

それによって一気に成人式に振袖という慣習が根付いたと言えるのではないだろうか。

こういった流れで戦後壊滅的になっていた呉服業界を情熱と希望を持った方々のおかげで完全に復興することができたのである。

第2の危機は1973年と79年(昭和48年と54年)に起こったオイルショックである。

私もこの時にうる覚えであるが、世間が大パニックになったことを覚えている。第四次中東戦争が引き金となってアラブ石油輸出国機構が段階的な生産削減を決定し、ニュースで石油価格が7割もアップすると噂されていた。日本も消費者物価指数が上昇し公定歩合の引き上げによる高度成長期後初めてマイナス成長率となったことでいわゆるトイレットペーパー騒動などが起きた事は記憶されている方もいらっしゃるだろう。ただこの時は日銀の判断ミスで起こった成長率の低下と言われており、ある意味経済的な風評被害のような状況であったようだ。

当然絹織物についても生糸相場の暴騰、物価高による売上低下などが起こりどちらかというと産地に大きな打撃があったようである。この時も全国の産地が「危機突破大会」と称して集まり、互いに情報交換し、助け合いながら危機打開のために取り組んだと聞いている。

結果的に救世主となったのはNHKの朝の連続テレビ小説「鳩子の海」が大ヒットとなり、産地問屋の奥順がロケ地に使われたことから、結城紬をはじめとした紬が一大ブームとなり第2の危機の打開に一躍買ったと言われている。

何れにしても産地の人々の危機に対する真剣な取り組みがまたしても危機を乗り越えることができた原動力となったのは間違いない。

そして今、売り方や経営姿勢などを問われる信用不信による第3の危機が訪れている。第1、第2の危機とは性質が異なる事は理解しているが、これに関しては社会変化や価値観の変化が以前では考えられないようなスピードとなっているため、変化への対応が遅れてきた業界は本当の意味での大改革、いや表現的には大改善をしなければ存続は難しいと考えて良いだろう。


しかしながら何もしてこなかったわけではない。ここ10年強で次世代の業界従事者が様々なチャレンジをしてきている。きものやまとの矢嶋孝敏会長が1988年にきもの21世紀構想を掲げ、浴衣の大パラダイム転換と言われるエイトカラーゆかたで若者のゆかた着用のキッカケを作り、銀座もとじの泉二弘明社長が男きものに対する価値観を変え、森田空美氏がシンプルモダンという美しい着物スタイルを確立した。

また東京山喜の中村社長が問屋業からリサイクル着物の大転換をし、着物への入口を大きく広げ、池田重子氏のコレクションとして伊勢丹新宿店のギャラリーで初めて行われた「日本のおしゃれ展」は着物のファッション化を大きく顕在化させるキッカケになり、アンティーク着物という分野を作った。またそれによって長羽織という明治から昭和初期に流行したスタイルが確立し、それは現在も継続しており、羽尺というコート専用の規格の長さの反物が市場から実質上消えることになった。

またより着物ファンを増やしたのがエッセイストのきくちいま氏であり、誰でも着物を身近に楽しめることを自身の生活と着物観をイラストや本として広め、普段着のカリスマとも呼ばれるようになった。また京都の呉服商である赤木商店の赤木南洋氏が誰もが気軽に着物を着て楽しむイベントであるキモノdeジャックを有志と始め、着る楽しさを共有する場を作った。今ではそのイベントは世界に広がっている。それと同時期に三河の小さな呉服店の店主であるあづまや呉服店の柴川義英氏はその普段着着物の楽しさをUstreamやyoutubeライブ、ニコ生動画などのライブメディアで発信し続け、普段着という言葉を本当の意味で確立させた。

また伝統工芸技術として埋もれていた有松鳴海絞の技術の1つであった雪花絞を藤井絞の藤井浩一社長は自社開発の綿麻生地に施し、着物としても着れる上質な浴衣としてリブランディングし、自社のブランディングとともに夏の着物の楽しみ方をより広げることで着物は1年中楽しめるファッションの選択肢の1つとして少しずつ認知し始めていっている。そして2016年2月には京都の若手の作り手の組織であるきものアルチザン京都が世界で初めて世界の四大ファッションショーであるニューヨークコレクションに本格的な着物を出展して話題となった。

そんな中での水を差すような、そして消費者の信用を失墜させるような事件と今国会で提出されることがいよいよ決定した成人年齢の引き下げという第3の危機が訪れようとしている。

私は7年前に業界で初めて全国の産地から小売店、問屋、メーカー、生産地、悉皆業、着付け師、和裁業など業界分け隔てなく情報交換し、交流の場を作るべく次世代が主体の「呉服業界若手経営者の会」を開いた。今までに全9回開催しているが、初めは呉服業界という村社会で訳の分からない馬の骨が出しゃばり目立ったことをしたことで様々なところで沢山叩かれた。しかしながら第1回目に私が参加者の前で申し上げた理想は今でも思い続けている。それは

「株式会社呉服業界の精神を持とうではないか!」という考え方である。

小売店は営業部、問屋は営業企画部、メーカーは商品企画部、産地は商品生産部、悉皆はメンテナンス部、和裁はオーダー部、着付け師やスタイリストは普及促進部とそれぞれが一体となって、そして協業と競争をバランスよく連動し合う業界であるが1つの連携組織でもあると唱えた。その意識は今でも変わっていないし、そうすることで三方よしの論理も、そして何より着物ユーザーが着物を人生の中のファッションという部分での選択肢に入れてもらえるようになるのではないかという希望と理想を参加者と共有した。それはいまの様々な繋がりの中で一つも変わっていない。もちろん今年何処かのタイミングで第10回目を開かねばならないと思っている。

これまで上記で述べたような未曾有の危機を私たちの大先輩たちは時に立場を超えて団結し、時にはそれぞれの自助努力で乗り越えてきた。

私たちの世代に新たな危機が訪れているが、今こそ本当の意味で「新たなる、そして勇気ある破壊と創造」が必要なのではないかと強く思っている。

そして必ず呉服業界が今と次世代の力によって新たな時代が築けると確信している。

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2017年11月16日 (木)

和装振興協議会公表資料から思うこと

経済産業省の会議体となっている和装振興協議会の議事録および資料等が同省HPにて公表された。

現在この協議会で注力されているのが「商慣行の是正」であり、ある一定の方向性が出された時点で、各業界団体に賛否を問うアンケートを行ったところ、多くの川上、川中の業界団体が賛同する形となったが、唯一川下の最大の小売団体である日本きもの連盟が「一部賛同」というスタンスを取ってきたようだ。またその理由も文面にて公表されていたので熟読したがどうも腑に落ちない部分が多く私のなりの疑問をブログに書いてみようと思った。

今回の私見を述べる前に経産省の和装振興協議会とその会議の中で出された「和装の持続的発展のための商慣行のあり方について」の概要を簡単に説明したいと思う。 まず和装振興協議会は、前身の和装振興研究会から始まり、私自身もその研究会の委員であったが、研究会は業界の若手中心の川上、川中、川上の業者の他、経済学者、和装教育関連、プロデューサー、消費者代表などで構成されたものであった。そこからより省内での位置付けを明確にし、継続的に和装振興に関して議論し、改善及び発展していく目的と実行のために、各段階での業界団体の代表レベルで構成された会議体として和装振興協議会が発足された。またその下部組織として分科会も発足されより現場に近い人たちの意見を吸い上げたのち、今後の和装振興において必要且つ現実的な流れを作っていけるような形を作った。

その中で、今まで再三問題視されてきた商慣行のあり方について、初めてメスを入れる形となった。特に呉服業界の流通は多段階流通であり、長い歴史の中で慣習化されてきただけに、今まで幾度となく問題視されてきたが、それぞれの段階の事情(いわゆる商売上の大人の事情)によって異なる立場の団体の代表レベルが議論する場がなかっただけに非常に良い機会だと個人的には考えている。

本年の5月に出された商慣行のあり方についてまとめたものを見ると

①「サプライチェーン全体での付加価値の向上」 ②「取引対価の決定」 ③「取引の書面化」 ④「代金の支払」 ⑤「歩引き取引・延べ払いの廃止」 ⑥「不当なコスト負担」 ⑦「販売方式の決定」 ⑧「消費者本位の商品・サービスの提供」 ⑨「消費者にふさわしい商品の販売」 ⑩「消費者にわかりやすい説明」 11「産地等の明瞭な表示」 12「価格の適切な表示」 13「適切な販売手法」 と言った内容で、ある意味下請法と景品表示法、消費者契約法全般の法律の中で呉服業界の商慣行是正に必要なものをチョイスしてまとめたものといえばわかりやすいかもしれない。

ただし、②から⑥は下請法にて既に法的に定められてはいるものの、下請法の構成要件である、親会社と子会社の資本関係、製造委託、修理委託、情報成果物、役務提供等の取引に限られており、現在の呉服業界の多くの取引形態では下請法の構成要件としては成立しにくい事もあり、改めて業界全体でのコンプライアンスの方向性を定めていくための原則的な指針として作られたものである。

特に大原則である「サプライチェーン全体での付加価値の向上」は私も7年前に呉服業界若手経営者の会で提唱した「株式会社呉服業界」という精神と全く同じであり、「どの段階であっても取引は対等である」という考え方と全く同じであることは個人的に非常に支持するところである。 ここで今回のブログの本題に戻るが、この商慣行のあり方への賛否を各業界団体へアンケートという形をとったところ、ほとんどの川上、川中の業界団体及び組合・企業から同意賛成するとの回答があったが、一番肝心の小売の最大の団体である「日本きもの連盟」は一部賛同というある意味消極的な回答をしてきた。

その理由も公表されているのでわかりやすく説明すると、 


*各流通が適切に機能を発揮し、消費者の商品・サービス提供し、継続的な信頼関係を構築することで市場活性化と業界全体の発展の好循環を実現することを目的とすることは大いに賛成である。

*日本きもの連盟としても全日本きもの振興会と連携して各振興事業を積極的に行っている。

*その上で和装振興協議会が示した「商慣行のあり方」については、日本きもの連盟としては会則に基づき運営している関係上、会員個別企業の経営案件や取引条件を議論する場がない。

*受注業者の適正な利益を含む手形サイト90日、歩引きの廃止、製造者と販売業者の双方が協議して販売方法を決定する等の議論に当事外である日本きもの連盟が意見することはできない。

*日本きもの連盟の会員は製造業者との取引がほとんどなく、問屋との仕入れが大半であり、諸取引についての風聞以外の情報がないため取引の公正についてあれこれ意見を述べる立場にない。

*全ての商材の価格は和服小売の場合、その全ては、北は北海道から南は沖縄まで全小売店全て異なるのでこういう文言に違和感を感じる。

と言ったことが全て賛同ではなく一部賛同であることの理由だ。

簡単にいえば、日本きもの連盟として各小売店の商慣行に口を出す立場ではないという回答である。

ここからはあくまで私見として述べさせていただく。 私自身は小売出身であり、現在も小売店の経営支援等で規模の大小関わらず日々関係しているし、一方で産地から中間流通、あるいはその間に存在する悉皆、和裁、着付師、各業界団体に至るまで現場レベルでの仕事に携わっているので相対的な立場から意見できる。 その上で今回のこの日本きもの連盟の回答については腑に落ちない部分が多々ある。

はじめに申し上げておくと、日本きもの連盟がきものの日事業や和装教育等に尽力されていることは周知のとおりである。それ以外に様々なことに団体として努力されていることは承知の上での疑問であることを記しておく。

まずは「商慣行のあり方については、連盟の会則に基づいて運営している関係上個別企業の経営・取引条件等を議論する場がない」という回答だ。これはその次の手形サイト、歩引きなどの支払い条件についても同様の回答をしている。

日本きもの連盟の会則を見ると会の目的として【国民生活における和装生活の普及と和装文化の普及を目的として、この目的を達成するための和装市場の創造拡大施策の実施と本事業に参加 する会員店の経営発展活性化事業を推進する。】とあり、また事業4の2では【和装産業活性化と振興事業の強化充実を計るため、他和装諸団体との連携事業】、さらに事業4の3では【和装産業の諸問題を検討し、対応する事業】とある。 連盟の会則の中で目的や事業として定めている項目を見る限り、1つの団体で会として体をなしている以上、議論する場がないというのは理解に苦しむ。

和装産業活性化の強化を図ることを目的とするならば「商慣行」については総合的に見て根幹にあたる部分であり、避けては通れない。その議論を無くして「和装産業の活性化」は図れないと言っても過言ではないと思うがいかがだろうか?

確かに呉服業界の流通は長い時間をかけて構築してきた信頼関係が取引の大半を占めており、発注業者と受注業者間の取引条件が、たとえ一般論として納入業者に不利に思える条件であったとしても、長い間に築いた信頼関係によって相互了解のもとに決定した取引はどの法律にも抵触しなければ正当な取引であるという考え方である。 だが、時代は大きく変化し、どんなに今までの取引の正当性を訴えたとしても市場縮小が進み、従事者の激減、価格や取引に対しての不信感が大きくなってきている今、こう言った商慣習の是正を小売も本格的に取り組んでいかないと未来はないことは明白である。

その上で連盟が会員および呉服小売に対してものを申す立場にないというのであれば、一体日本きもの連盟は具体的に会則にある【和装産業活性化と振興事業の強化】をいかにして図っていくのかが全くわからない。

もう1つ考え方のスタンスとして「全ての商材の価格は呉服小売の場合、その全ては北は北海道から南は沖縄まで全小売店で異なる」というのは現実的には確かにそういう状態であることは否めないが、連盟としてそう言い切ってしまうこと自体が消費者の価格不信の根元につながるほか、全ての商材の価格と一括りにしてしまうこと自体、消費者の呉服小売店への不信感を払拭できない大きな要因になっているのかもしれない。こういう考え方にも大きな疑問を抱かずを得ない。

長々と記してきたが、私がどうこう言ったところで何かが動くわけでもないが、個人であるが業界に身を置き、業界を心底愛する気持ちは誰にも負けないという自負がある以上、個人的な意見としてはこう言った形で業界全体が変わっていこうという時にこういう連盟の姿勢はとても残念でならない。

これからの時代、間違いなく「呉服業界総小売時代」となると予測される。川上から川中までもが直接的に前に出て行くいう現象はすでに始まっている。これは情報化社会において当然の如く起こることであり、突き詰めて考えれば現在の商慣行がもう通用しないところまで来てしまったということに他ならない。適正な価格とは何か?付加価値の向上とは何か?消費者の信頼とは何か?を全面的に呉服業界をあげて改善する時が来たのではないかと思う。

和装振興協議会としても、呉服業界全体としても、本当にこれからの和装産業活性化を図って行くためには、大きな力を持つ人たちや団体が未来現実を考えた改革に取り組むべきであり、現行のままの既得権益を各段階の企業が守ろうとするのであれば、その先にあるのは利益ではなく、損失しかないと私は思う。現行のまま行き止まりの道を進むか?険しくも新たな道を開拓するか?の分岐点はとっくに来ていることだけは確かである。

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2017年7月28日 (金)

染織版コネクテッド・インダストリーズ

コネクテッド・インダストリーズは「企業と企業、機械と機械、人と人などがデータを介してつながる世界」として経済産業省の世耕大臣がドイツのインダストリー4.0に対して打ち出したこれからの日本の産業ビジョンだ。

日本のサプライチェーンは一見横軸でしっかりと繋がっているかに見えるが、実は各段階でデータなどの多くの情報や技術がバラバラである事が多く、それが結果的にグローバル視点での競争力で劣ってしまう大きな要因になっているようだ。

この経産省が打ち出したコネクテッド・インダストリーズはデータが繋がり、有効活用によって技術革新や生産向上、技能伝承などを通じて課題を解決し、勝ち筋を見出すという戦略だ。

これを呉服業界に当てはめてみると、呉服の流通は各段階における様々なデータや情報の活用は極めて劣っており、流通における企業間連携は言葉は悪いが「切った張ったの世界」である。

また99%競争領域のロジックで構成されているので、協調領域のロジックはほとんど存在せず、そこからなかなか新しいコトやモノが生まれないし、ましてや勝ち筋は当然の如く全く見えてこない。

呉服業界の流通が機能していた時代は、多段階流通におけるメリットとしてまさに末端の情報がある程度共有され、各問屋もある程度セグメントされていたこともあり、まさに技術革新や生産向上などによって勝ち筋を見出していた。それが市場減少とともにそれが崩れていき、目の前の継続性のない「売れる」「儲かる」手法に多くが画一化していったために現在のような状況になっていった。

私は元々呉服小売業出身であることから独立してから小売店を中心とした経営コンサルティングを主としてきたが、現在ではそれ以外に産地ブランディングや商品企画、海外市場創出などのプロデュースやディレクションなどが多くなってきている。
その中で、今まで全く交流もなく知り合うチャンスさえなかった様々な分野の企業経営者、プロデューサー、アートディレクター、デザイナーなどなど自分でも驚くほど急激にそういった方々との人脈が不思議なことに広がってきている。その多くが伝統工芸を通した地方の活性化や価値創造などで眩しいくらいの、そして私にとって心から羨むような実績と成果を出し続けている社会的にも名実ともに著名な方々なので、多くの気づきや視点の置き方など多くのことをこの歳になってかなり高いレベルで学ぶ環境が広がっている。

そういった中で、ある非常に重要な着物産地の復興のプロデュースのオファーが現地の自治体からきており、受けることになりそうだ。
全国の着物産地はご存知の通り非常に厳しい状況にあり、着物としてのものづくりは高齢化と次世代への伝承がもっとも危惧されている分野である。またその復興策は今まで多くの取り組みはあったものの、知る限りの成功例は認識できていない。もちろん「染め」や「織り」としての技術の単体で見た場合の産地活性化の成功例はここへきて先に述べた方々の素晴らしい力によって輝き始めている事例は確かにあるが、「着物」を主とした産地活性化の成功事例は目に見えての成果はまだ認識できていない。

多くの問題は産地は産地の中での流通上の慣習が長い歴史の中で深く強く根づいており、よそ者がなかなか踏み込めていけない独特の空気感が呉服業界には存在する。またある程度受け入れたとしても着物という商材の回転速度は非常に遅く、また新たなものづくりは大きなコスト上のリスクが伴うため、冷え込んでいる市場の中で時間をかけて育てていくということが極めて出来にくいという状況にある。

もちろん産地には産地の流儀があり、既得権益も存在するので、それを一気にスクラップしてイノベーションを起こそう!などと言っても、「何も知らんくせにそんなことに協力できるか!」と言う空気感になることは必至だ。ちなみに私が京都に移って来た時も多くの業界人からは冷ややかな目で見られていたし、ビジネス提案など誰も受け入れてくれなかったし、それどころか口さえも聞いてもらえないことが多かった。今ではとても考えられないが京都といえども真正面からなんども諦めずにぶつかっていけばなんとかなるものだ(笑)

その中でどのように今回のオファーを受け、復興策のフローチャートを組み立てていくかが私自身としても大きな挑戦となっていくだろう。また取り組んだことが仮に成果が出たとしても、それが一時的なものでなく産地自体の自助力によって継続していくものでなくてはならない。よそ者がわかった顔して勝手に弄って、その期間だけ最大瞬間風速を吹かせて、報酬もらっていなくなるなんてことは絶対にしてはいけないのだ。その産地の自治体からのオファーということはその地元の人たちの血税を使うわけだから、私も血を流す覚悟で取り組まねばならない。

今私が考えていることは(多くは言えないが、、、)キーワードとして

「分解と編集と共有」の3つである。それ以上はここでは言わないが、意味合いが違うかもしれないが、個人的には「染織版コネクテッド・インダストリーズ」と銘打って考え、文字通り命を削ってでも責任を持って取り組んでいく覚悟だ。

私の勝手な夢と志である 「染織で世界を変えたい」を行動に移していく。
そして多分私の家族にはさらに迷惑をかけることだろう。。。。(苦笑)

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2017年5月26日 (金)

年商2785億円の株式会社呉服業界という考え方

きものサローネ事務局からアンケートが来た。今年のサローネ会期中に「きもの未来会議」を再び開催するらしい。そういえばその第一回目は私がコーディネーターをしたような気がする。

アンケートの質問の中に新しいカジュアル市場への対応についてどのように考えるかとあった。
正直カジュアルきもの市場はこの6〜7年で大きく変化した。そして様々な企業や人が様々な取り組みやビジネスモデルをあらゆる形で構築してきたことで、ある意味「新しい市場」はすでに生まれていると私は感じているし、それこそ皆真剣に着物の振興やきものファン作りに努力していると感じる。

ただし、その新しい市場がきもの市場全体を押し上げた形になっているかというとそうではない。確かに一瞬だけ2015年のきもの市場は30年ぶりに前年を上回ったが翌年度から再度下降線をたどっている。

着物市場を押し下げている大きな原因の1つに50代の市場の落ち込みだ。昨年だけでも300億円強、きもの市場全体の11%もの割合を占める消費額を失っている。それだけ50代のきもの消費は市場の底支えをしてきたが50代を中心として60代、そして40代も市場減退の数的な要因となっている。
着物産業としては「工芸」と「ファッション」というカテゴリの両輪を回すことは、「ものづくり」と「消費」の両輪回すことに繋がることは間違い無いと思うが、その中で近年の新しいカジュアル市場の多様化はまさに変化への対応によって「所有から使用へ」の消費価値観を顕在化させた。 しかしながら市場の大きな構成要素である40代〜60代のきもの消費は、残念ながら市場創造すべき考えや変化が全く無いまま現在に至り、それらのターゲットからほぼ見放された状態にあると言っても過言では無い。 もちろんその中でも自社の方向性やターゲットが誰か?が明確で、そこからブレず、商品構成においても顧客作りにおいてもしっかりとした取り組みをしているところは、たとえ扱い商品が高額なものであっても、消費者の支持を得ながら堅調に業績を維持または向上させているが、残念ながらそういう企業は圧倒的少数である。 一方で新たなカジュアル市場がこのまま広がっていくかというと私にはどうもそうには思えない。例えばあくまで私見ではあるが、様々なイベントが開催されているが、残念ながらある一定のきものファンでの間でのものというイメージが徐々に強くなってきているように感じるのだ。
私の友人で最近着物に興味を持ち始めた人の何人かと話しても着物のイベントがあるということ自体を知らなかったり、知っていても「着物を着ていかないと相手にされなさそう」というイメージを持っているようだ。
なんの世界でもそうだが、1つのセグメントがある一定数の支持数を獲得すると志向性が同質化し、あるべき多様性を鈍化させる。私は近いうちにそれが起きるのではないかと感じ始めている。せっかく着物をより広めたいという強いビジョンを持った人たちが努力し、行動して動かし始めたのだから、ここからの新たな未来創造をいかにすべきかを考える段階に入ったと思われる。
業界全体の動きとして様々な問題提議が行政や業界団体などで行われているが、流通の問題、価格の問題、トレーサビリティの問題、販売方法問題などを議論しておきながら、結果的には世界遺産申請だの2020何とかだのと全くもってよくわからないランディングポイントを模索していて、現場と現実を本当にの意味で捉えられていないことが多く残念でならない。
まず大切なのは呉服小売市場は日本の小売市場規模全体のたった0.6%しかなく、さらに下降線をたどっているということを現実的に思えるかどうかだ。 私の以前からの持論であるが、「年商2785億円の株式会社呉服業界」という考え方を非常に難しいことではあるが各業界従事者、特に経営者が持てるかどうかだと思う(持てる訳ないと思えばそれまでだが 笑)。30年前は2兆円近くの年商があった企業が今や6分の1以下になったのだ。そんな状況の会社なのに、営業部だけの利益確保のために製造部や加工部を追い詰めるような会社組織は持つはずがないし、マーケットやターゲットを無視した商品政策や意味不明な価格設定が通用するわけがない。また選択と集中がより重要な時代に嗜好性の強い商品を扱う店がごった煮のような商品構成で売り上げと顧客を獲得できるわけがない。
今目の前の世界は小さな小さな小宇宙であって、その小宇宙は成長するためにどうすべきかを考え行動し続けなければ、飽和状態になったり、あるべき方向に進めず別の引力に引っ張られたり、あるいはブラックホールに飲み込まれたりする。 理想的なのはそれぞれの小宇宙が明確にセグメント化されていて、それらが異なる発展の仕方をしていくにしても互いが引力によって関連性が保たれるという形だ。 確かに都合の良い理想論かもしれないが何も理想を持たないより何千倍も良いし、自慢じゃないが今まで実際に色々とやってきた自負がある。 だからこそ次のギアを入れて自分の出来ることをしていこうと強く思うし、活動の場をさらに広げたいと思っている。

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2017年2月18日 (土)

第9回呉服業界若手経営者の会で伝えたかったもう一つのこと

1月31日に行った第9回目の呉服業界若手経営者の会では最終的に参加者139名、名物の大懇親会では109名という過去最大の規模となった。北は北海道から南は宮崎まで呉服業界の全ての分野の従事者やメディア、国会議員、経済産業省、京都市長、京都市まで政官民のマルチステークホルダーという形になったことは、非常に大きな意味を持つものとなった。

最初のパネルディスカッションは民法の一部改正法案の1つである成人年齢引き下げにおける、各地方自治体での成人式対象年齢が同様に引き下げになった場合にどのようなことが市場や業界のすべてに至るまで起きるのか?という議題であり、非常に重い問題であったが、行政、小売、流通、ものづくりのそれぞれの立場で真剣な議論になった。また会場の参加者の皆さんも大きな危機感と問題意識を持っていただいたことだと感じる。

この問題については法案提出が予想される今国会での動向に注目し、情報収集を密にしながら段階的に様々な方法で働きかけていきたいと思っている。

さて、そのあとに私の講義の中で伝えたかったもう一つのことがある。

非常に重要な内容であったが、あまりに振袖問題がインパクトが強すぎたせいか、参加者の皆様の話題として今ひとつ触れられていないような気がしたのであえてこの場で要点を押さえて記しておきたい。

①時代は既に変わり、次の時代に入っている

 会議の中ではIoTを中心に話したが、「デジタル革命」と言われるものはつい最近のことではなく、1950年~1979年までに当時の通信を中心とした情報伝達の発達のスピードを示した言葉として使われ、同時期に情報とコミニュケーションとテクノロジーの一体化によって急速に発展したICT革命とほぼ同じ意味で使われることが多いが、その頃から既にIT、いわゆるinformation technologyは始まっていたのである。

それがPCの普及によって各個人の情報量が膨大に増え、さらに2007年に発表されたアップル社のiPhoneが圧倒的なプレファレンスとディストリビューションによってスマートフォン含む携帯電話の普及率をあっという間に世界人口カバー率の9割以上まで押し上げた。

情報量も2007年あたりからガラッと変わった。人間が生まれてから数千年の歴史に刻まれた文章やフィルム写真などを含む全てのアナログデータ量よりもデジタルデータ量が上回った。2000年当時のデジタルデータ量は5%くらいでアナログデータ量が95%くらいだったのが、たった10年足らずでデジタルデータ量が99.9%以上でアナログデータ量は現在でも増え続けていてもその割合は0.01%以下という割合だそうだ。

そうなると必然的にその膨大な量の情報の使い方が変わる。いわゆるビッグデータの活用だ。これによって経済もライフスタイルも、全てのインフラも全ておいて変わってくる。時代は既に変わり、完全に新しい時代に移り変わっているのだ。

②呉服小売店の情報活用と経営の現状
 

呉服業界、特に小売店の経営について話を戻そう。

現在の呉服小売市場は2015年時点で2805億円(矢野経済研究所調べ)であり、予測される各チャネル別構成比は大きく分ければチェーン店が3割、専門店が2割、eコマース2割、リサイクル2割、百貨店1割といったところで、2016年は恐らくだがeコマースが専門店の割合を数%抜く形になるかもしれない。eコマースの割合が増えた要因としては単純に店舗数が増加したこともあるが、やはり、データマイニングによるマーケティングと各店舗の独自性にあるだろう。もちろん価格優位性もその要因であることは間違いない。

一方でリアル店舗の小売店はどうだろうか。確かに以前よりWeb活用はHP、SNSなどを中心にある程度積極的になってきてはいるものの、高いレベルで活用できているところはほんの一握りである。多くのスタイルはほとんどが昭和60年~平成初頭までの営業方法と変わらない。その大きな要因は経営者と従業員の平均年齢が圧倒的に高いことにあるだろう。とはいえ、チェーン店などは若い経営者、若い人材が増えてきているが、何れにしても情報活用が有効に行われているとはお世辞にも言い難い。

今は大規模でなく小規模店舗でもPOSを導入して顧客の購買データ等の蓄積はされているが、そのデータを次の営業に生かすためのデータ解析力が残念ながら低い。もちろん催事売り上げや店頭売上のデータは今では労せずしていとも簡単に出るが、そのデータが何を示しているかをあらゆる角度から解析することをせず、単純に出た結果を経験と勘と思い込みでこじつけているのが現実である。

結果分析は単なる現象分析に過ぎないということに気づいていないのだ。

基礎中の基礎になるが、誰に?何が?どのように?売れたのか?そしてなぜそうなったか?を徹底的に深く掘り下げていかないと根本的な対策の種にならないのだ。

これを話すと一冊の本が書けるくらい記さねばならなくなるが、「データは単なる現象に過ぎない」ということをまず全ての小売店経営者が認識し、それらを過去のデータ、販促データ、顧客データ、日々の営業データ、社員の行動データ、そして市場データ、地域経済分析データなどありとあらゆる角度からその現象データを見ることによって「現象が現状に変わり、現実が見えてくる」のである。

兼ねてから呉服業界にはデータアナリストが必要であり、数字を画像にできる存在が必要であると言ってきたがこれからは特にそう感じる。

③世の中には必ず法則が存在する

時代は変わっても唯一変わらないのは「人間」という生体である。

その人間が時代は変わっても経済活動の中で考えることはほとんど同じであるという。こういうと①で述べたことと矛盾するように思えるがそうではない。様々な思想、道具、システムなど時代とともに知識と知恵を使って生きるためのものを作り上げてきた。それによって生体以外の全てのことは進化し続けていることは確かであるが、それでも人間はほぼ同じことを繰り返している。

1700年代後半に活躍したドイツの哲学者ヘーゲルはドイツ観念論を基礎とした弁証法的論理を生み出し、その中で「事物の螺旋的発展の法則」という考え方を提言している。

わかりやすく例えれば、螺旋階段を想像して見ると良い。螺旋階段は横から見ると上に上昇しているが、真上から見ると円に見え、ぐるぐる回っているように見える。

この原理で言えば、「事物は同じことを繰り返すが、繰り返し巡ってくるときは1段も2段もレベルが上がって繰り返される」ということになる。

考えて見るとその法則は様々なビジネスモデルに当てはまる。例えばレンタルビジネス。これは近代にできたビジネスではなく、日本では既に江戸時代に存在した。「損料屋」と呼ばれる商売があり、旅用品や洗濯道具、褌に至るまで貸すことで当時の庶民に利用されていた。これが今ではあらゆるものがビジネス、プライベート問わずそのレンタルの仕方も多様化され、またはセレクトの仕方もあらゆる方法でアプローチできる。

もう一つ例を挙げれば、eラーニング。自分が学びたいものをより専門的に、いつでもどこでもインターネットメディアを通じて利用できる。これも今に始まったことでなく、そのルーツは「寺子屋」だ。当時の寺子屋は身分も様々、状況も様々であり、封建社会の中では生まれた時からある程度将来が見えていた時代だけに、今の学校教育のように全てが同じカリキュラムを学ぶというものではない。それが今の時代に学びたいものを学びたいときに好きなだけ学べるというeラーニングは寺子屋の形がレベルアップし今の時代に合わせた形で再び巡ってきたと言える。

そう言った意味で呉服小売店がその方向性を考えるときに、この「事物の螺旋的発展の法則」のように、昔存在した良いものを今の時代にマッチングさせた形でできるものはないか?という視点で考えることは非常に合理的であるのだ。もちろん自店のデータを深く掘り下げてデータアナリシスをした上でのことは大前提である。

④秩序あるコミュニティ経済による自由流通の必然性

呉服業界は多段階流通によって商品の拡散性を生み出し、それをもってモノづくりを安定させ、各段階での利益創造を確立してきた。また多段階流通は川下から川上への段階的な消費者ニーズの情報伝達の逆流によってそのモノづくりや技術の発達にも役立ってきた。この形はごく最近まで最も機能的な流通構造として維持されてきたことも事実である。

ところが①で述べたように、根本的に消費者の購買行動が大きく変化し、個々の情報量と欲求の形が全くといっていいほど変化したことでこの多段階流通が機能不全状態に陥りつつあるのも残念ながら認めざるを得ない。

筆者は以前から流通と小売の協業論者ではあるし、問屋が不要であるとは微塵も思っていない。それは今でも変わらない。

では購買行動が多様化している中で、いかに流通を機能させるかということがこれからの大きな課題である。着物の絶対量が売れなくなった時代とは言え、問屋のディストリビューション機能はモノづくりを維持させるためには大きな生命線の1つであり、その機能が無くなってしまったら幅広い商品の絶対供給量が低下し、モノづくりの衰退に拍車をかけることは間違いない。

しかしながら、小売店の売上数量の大幅減少と催事偏重型販売による委託中心の取引が、問屋のメーカーに対する委託取引への割合拡大を誘引させ、結果的にメーカーの商品生産の蛇口を閉めてしまっていることに繋がっていることは残念ながら現実である。

これを新しい時代に対応した流通の形を現実的に考えるとしたら、やはり「自由流通」である。ただし勘違いしてはいけないのは「直販の奨励ではない」というである。

市場は高度成長期の「売り手市場」から人口オーナス期に変わったことで起こる消費価値観が左右する「買い手市場」に変化した。そして全ての消費者が全ての情報を自由に取得できる時代になったことで、消費の形は「価値共創市場」に変化したと言える。

価値共創市場とはコミニュケーションによって人々の物の見方や信念を変えて特定の行動へのインセンティブを埋め込んだサービスや仕掛けをするという市場である。これによって近年多くの小売業が取り組み始めたのが「コト消費」と言われるものだ。

売り手と買い手が価値を共有するだけではなく、共に創造する「価値共創」という新しい消費意識が生まれているのだ。それに対応するための形として私は「コミニュティ経済による自由流通構造の強化」が必然的に強まってくると考えている。

そのときに考えるべきは消費者コミニュケーション、小売店コミニュケーション、問屋コミュニケーション、メーカーコミニュケーションという各段階との相互コミニュティの構築と、必要性や各段階のニーズによって段階的取引、直取引の自由流通構造がより進化して、全ての流通が共創と競争によって進化して、結果的に消費者ニーズとものづくりも進化するという流れを作ることが私の考えている流通進化論であり、螺旋的発展の法則に当てはめて言えば、新しい多段階流通の形でもあると考えている。

そしてこれは現に流れとして出来つつあることも必然的な現象であるといえよう。ただし、絶対条件としてはコンプライアンス(法令遵守)に則った形での進化していかねば、今度こそ市場から排除されるということも強く申し上げたい。

「秩序あるコミニュティ経済による自由流通の進化」これが呉服業界若手経営者の会で伝えたかったもう一つのことである。

次回は会期は未定であるが、ざまざまな状況がさらに変化すると思われるので、早い段階で第10回を開催したいと考える。

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