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2010年2月28日 (日)

加賀友禅と小松の魔法使い

今日は思いも寄らなかった人からツイッターでフォローをもらった。加賀友禅の最高峰に名を連ねる方のご子息で同じく加賀友禅作家をなさっている。ツイッターというのは本当に素晴らしいものだとつくづく感じた。そして加賀友禅は私がこの世界に入って初めて学んだものであり、きもの研究家であった亡き父がこよなく愛した染めの1つだ。その一方で同じ石川県内で裏物産地で栄えた小松のことも思い出した。とにかく石川県は私にとって思い出深い土地であり私を育てくれた産地でもあるので、今日はビジネスの話から少しだけ離れることにする。

1、 加賀友禅の本当の魅力
刺繍、箔加工、摺など手描き友禅以外一切の飾りや加工をせず、加賀五彩といわれる五色を混ぜ合わせながら多彩で繊細な表現を醸し出す。

技法は図案→下絵→糸目置き→色挿し→蒸し→糊伏せ→地染め→蒸し→水洗と全部で9工程だ。京友禅はさまざまな行程を分業制で行うが、加賀友禅の場合は原則的に全て作家が行う。現在は蒸しや地染め、水洗などは別注にて行うことが多いが昔はほぼ1人でしたという。この技法は多くの人に知られている通り江戸中期(元禄期)に宮崎友禅斎が加賀藩に招かれ伝わったと言われている。

加賀友禅を語るとき多くの人はこの友禅の行程の凄さを語る。また多くの作家名がその価値を高めるために使われる。加賀友禅は「きものの絵画」と呼ばれるほど作家の芸術性が注目される。確かに絵画のように作家名で値段が付けられるほど重要な位置付けである。

私の亡父、きもの研究家であった石崎忠司は著書のなかでこう記している。
「加賀友禅の価値は構図にある。その元をたどればスケッチである。加賀友禅作家にとって第一段階であるスケッチの善し悪しで価値は決まる。であるからたとえ人間国宝木村雨山であっても由水十久であっても秀作もあれば駄作もあるのだ。それを見極め値をつけるのが産元商社の腕である」
我が父ながら大胆なことを堂々と本に書いたものである。


しかしそれは本当にそう思う。正確に言えば本当にそう思う体験をしたからだ。
私は初めてきものを見て泣く体験をした。私は感激屋でもなく涙もろくもない。しかし何故かこの作品を観て涙が出てきた。それはその当時石川県立美術館に展示してあった人間国宝木村雨山の「海」という作品だ。衣桁にかかったきものというキャンバスに無数の青色の濃淡を使った大きめの魚の群れが一斉に右から左へ流れているだけなのである。圧巻という言葉とはこういう気持ちの状態をいうのかと言うぐらいシンプルで美しい。しかもうるさいはずの大きな魚群はいくつもの青で暈かしながら描かれ、まるで水で作った魚の様に海と調和して流れているかのようだった。そこで改めて父の言葉を思い出した。
「加賀友禅の価値は構図にある。」

是非加賀友禅を見る時に、誰の作品であるか?の前にどんな構図か?を見て欲しい。そこに加賀友禅の本当の魅力が隠されている。

2、 小松の魔法使い
私には随分年上の友人がいる。生地メーカー吉田耕三郎商店の主。名前もそのままの吉田耕三郎。彼との出会いは京都のとあるメーカー。私は長襦袢のオリジナル開発をしていた時だった。それからのお付き合い。

彼は小松空港近くの安宅町の生まれだ。現在もその生家で会社を経営している。小松の安宅と言えば勧進帳の安宅の関。源頼朝に追われる身となった義経がその素性を安宅の関の役人見破られそうになった時に家来である弁慶がその場を逃れるために涙ながらに義経を激し、叩く名シーンの舞台である。

彼は小さい頃から典型的なガキ大将で、大人になるまで喧嘩に明け暮れたそうだ。その反面涙もろく、義理人情に厚く、世話焼きだ。そんな性格だから自然と人が集まる。だから彼の人脈は恐ろしいほど広い。小松市長をあいつ呼ばわりするくらいだ。そんな彼は高校を卒業し地元の大きな生地メーカーに就職し様々な和服地やテキスタイルなどのヒットの数々を生み出し、その会社は北陸を代表するメーカーまでになった。そして彼はその後独立した。

吉田耕三郎の作る生地は一言でいえば魔法だ。通常薄物の柄生地は設計上どうしても制約が多くなる。特に紋綸子地や紋羽二重などはその最たるものだ。しかも小松の機は大量生産時代のものなので広幅織機である。解り易くいうと着物巾二巾分で織り、カットするというもの。経糸を54mで整経して織り、現在の長襦袢の丈の規格が13.5mであるから経糸54mであれば4反分とれる。さらに二巾分であるから1回の仕掛けで8反とれるという仕組みだ。だから未だに小松の襦袢のロットは8の倍数が多い。

脱線したが広幅で織る薄物は小幅に比べ打ち込みに問題が出たり、引けといわれる裂け目が出易くなるなどの難物率が高くなる。ましてそこに紋(織り柄)を入れるとなるとその分バランスが崩れるため危険度は高まるのである。

しかし吉田はそんなことは当然解っていて無理難題を好んで引き受ける。そして紋直しから撚糸の回転数の微妙な調整、織機の調整、経糸の張力などすべてを駆使し指示しながら希望通りの生地を作ってしまう。私は今まで彼の口から「できません」とか「無理」などの言葉を聞いたことがない。そしてどんなに難題を投げかけても持ち前の明るさとバイタリティで最後には何の苦労もなかったかのように仕上げて来る。本当のプロだ。

そして彼の財産である無数の生地見本は必見だ。絹も合繊も出来る故、変化にとんだ見たこともないような生地が星の数ほど見本として存在する。
まさに、日本の薄物生地のマイスターである。もちろん和服地だけでなくネクタイやスカーフ、ショール等も織ることが可能だ。そんな日本のマイスターでさえ受注がなければタダのおじさんになってしまう。業界は宝の持ち腐れということになる。実に勿体ない話だ。

このブログを読んだ繊維関係、アパレル、呉服を問わず各糸へんに関わる方達は是非ともこの「吉田耕三郎」という名前を覚えておいて欲しい。
彼はまさに魔法使いである。
また彼とお酒が飲みたくなった。

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コメント

飛んで来ました!

素晴らしい文章力に脱帽ですm(_ _)m

勉強させて頂きます!

投稿: ありがとうございます! | 2010年3月 2日 (火) 01時36分

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