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2010年5月20日 (木)

着物を見る目と着物への入口

先週の大河ドラマ「龍馬伝」のなかで、坂本龍馬が投獄された平井収二郎のことを思い、勝麟太郎に相談したシーンが印象的だった。龍馬は土佐勤王党の武市半平太や平井収二郎は土佐藩のことを思って行動したのに結末が罪人扱いはおかしいと勝に訴えるが、勝は「モノの見方は右から見るのと左から見るのとでは見方が違うことがある」と龍馬に説く。納得しきれないまま勝に頼まれて福井藩主松平春嶽に1000両の融資を依頼、その時に会った横井小楠にも同様のことを言われる。

ツイッターでも時折そういう意見の交換、またはぶつかり合いがよくある。当然様々なものの見方や考え方があり、正解はない。より持論に自信や自己の納得度が高ければその話題については物別れに終わることもあり、逆に、違う考え方として理解できると互いが共感できる。それによって新たな考え方が広がっていく。

モノの見方というのは本当に難しくて面白い。心理学ともいえるが、やはり哲学の方が近いのかもしれない。

伝統産業の復興や保護に関してもやはり見方は千差万別だ。こと着物に関しては、非常に多くの考え方が飛び交う。私も仕事柄着物に関しての問題意識は常々考えているが、特に消費者の意見は貴重であり、わからないがゆえの願望が新しい道筋を付けてくれる場合がある。

着物というモノの見方は大きく分けて2つ存在する。「伝統文化推進派」と「ファッション推進派」である。別にこの2つの考え方が対立している訳ではない。むしろ共感し合っている部分は沢山ある。そしてどちらも正解も不正解もない。ただし両者の根本的な違いは「きもの道」であるか「Playきもの」であるかというところかもしれない。

「伝統文化推進派」の考えを持っている人はそれはよく勉強している。着物自体の歴史的背景から各産地のこと、生産工程から呉服流通構造まで知識として持っている。「好きこそ物の上手なれ」ではないが、その知識には毎回関心させられる。

逆に「ファッション推進派」は発想が自由であり、着物の着方も独自の工夫を凝らしている。またそうそう難しい知識などはあまり関係なく、まずは着物を着ることが何よりも楽しいという、とにかく自由で遊び心がいっぱいの着物ファンである。

それぞれのモノの見方があってとても面白い。
たとえば私の体験談からいうと、絞りの浴衣があるとする。普通に考えると絞り浴衣に半幅か、博多紗献上の八寸帯、絽の帯揚げに、夏三分紐に透明感のあるトンボ玉などの帯留めなどが、浴衣らしいコーディネイトだ。年齢層からいったら30〜40代。女性の美しさが際立つ年代の着方である。

ところが、10代後半〜20代の若年層にもこの絞り浴衣は「かわいい」アイテムとしてブレイクした。その着方は、絞り浴衣、かわいい兵児帯、麻の長襦袢、衿にはレースの付いた重ね衿、帯にはかわいい飾り紐、足下はパンプスインのようなレースの足袋に、かわいい鼻緒の下駄。こういうコーディネイトをすると同じ絞りの浴衣でも全く違ったものになる。

こういう着方を「奇抜で邪道」とみるか、「新しくてかわいい」とみるかはやはり「見方」で変わってくるのだろう。

しかしながら今の着物振興にとって急務なのは、それぞれに色々な嗜好をもつ着物ファンの入口を沢山作ってあげることである。例えば、産地ブランドなる「○○紬」「○○絣」などの伝統文化を楽しむファン向けの入口やアパレルのトレンドを取り入れたファッショナブルな着物としての入口、ブランドやトレンドに拘らない自分なりのコーディネイトを工夫して楽しむ人たちの入口などいろいろな入口を作ることが大切だ。そしてその入口が多ければ多いほど着物ファンの裾野は広がっていく。

きものの見方はその人の価値観によって大きく変わってくる。しかし、どんな着方であれ、どんな着物であれ、着物を着て楽しむ心はどんな入口から入ろうと変わらない。それが着物振興にとってそれが一番大切なことなのである。

あなたの着物の見方は間違いではない。しかし他の違った見方も間違いではないことを理解して欲しい。そしてこれから着物を着たいと思っている人たちに沢山の入口を作って欲しい。

その先に必ず着物の未来は存在する。

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コメント

"Not better, just different!"
「どちらが優れているということはない、ただ違うだけ」

私が留学時代になるほどな、と思った言葉です。

世界にはいろんな国があって、文化や価値観に相違があって、私も当初は「日本では○○なのにスウェーデンはダメだなぁ!」と日本を誇らしく思ったり、
現地の人達の「日本はこんなところがイケてないね。やっぱスウェーデン最高だと思わない?ねえねえ?」という言葉に傷ついたりしていました。

そうではなくて、世界は多様性に満ちていて自分の「見方」に囚われていては、広い世界も狭く見えてしまうのだよ、ということを示すのが上記の言葉でした。

自分の関わっている業界のことだったり、自分が愛着やこだわりを持っていることって、どうしても「こうでなければダメだ!」って思ってしまいがちですよね。私も自覚があります。。
そういった固さが、その愛着の対象を小さくしてしまうのであれば、他者の多様性を受け入れて、広くて賑やかな場所を目指したい、ということですよね。

ありがとうございました!

投稿: 西川伸一 | 2010年5月21日 (金) 12時35分

to西川様
コメント有り難うございます。
まさにその通りですね。西川さんは海外での滞在経験があるからより強くをそれを感じていらっしゃることでしょう。

これからの呉服の普及及び維持のためにはそういった広い観点が必要になると思います。「伝統文化」というと日本独自のもので日本人だけのものと人は考えがちですが、世界にも日本同様長きに渡って伝わってきた伝統文化が存在します。それは国、地域、民族、宗教などあらゆる集合体の中で存在しています。

また、その集合体の中での発展・維持だけでなく他地域や世界との融合によって守り続けられている伝統文化も数多く存在しています。

日本独自の文化が日本独自で守ることが難しくなっているのなら、その観点を再度広めて、西川さんの仰る広くて賑やかな場所を目指していくことがこれから非常に大切なのではと考えています。

まあ私だけ騒いでも仕方ないのですが(笑)

コメント有り難うございました。これからも宜しくお願いします。

投稿: from石崎 | 2010年5月22日 (土) 09時16分

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