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2010年5月21日 (金)

中国の技術力

私達が普段何気なく使っている、または身に付けている製品のほとんどが海外で生産されていると言っても良い。もちろん国産の物も沢山あるが、やはり海外産とは切っても切れない関係になっている。食料やその他製品、原料などに関して最近「自給率を上げよう」という声をよく聞く。それが現実的なのかそうでないのかは、その対象となるものによって違うと思うがどれも難しい問題のようだ。

着物に関しても同じことが言える。原料はもとより、染め、織、縫製に関しても中国生産は非常に多い。特に縫製に関しては中国を中心にベトナム、タイ、バングラディッシュ、北朝鮮とアジア全域で発注している。もちろんコスト対策であることは間違いない。ただし染めや織に関してはまだまだ中国が主流であり、アジアの他国も一部あるもののクォリティは圧倒的に中国が高い。

私も仕事で何度も中国の染めや織の現場を見ているが、非常にキレイな環境で、その工場で働く人たちは皆若い。そして仕事に対して非常に真面目だ。色々話すと日本の職人達と同様に自分が作った製品をどんな人がどんな風に着てくれるのだろうかという想いをもって、心のこもったモノ作りをしている人が圧倒的に多い。これはアパレル工場の行員さんとは全く違う点であり、中国といえどもその想いは日本と同じなのだと感心する。

着物ファンや呉服の専門家の中で、中国製の着物を受け入れない人たちはまだまだ沢山いる。

「日本の伝統文化である着物を外国で作らせるなんて」
「きもののことを知らない人が作ったものなんて」
「中国=安価な粗悪品」

着物に関してこの感覚はまだまだ根強く浸透している。これは「着物」というイメージと価格が非常に関係している。「着物=日本の文化を外国で作る違和感」とそれでいて「何十万もの価格なのに中国で作っているという違和感」である。逆に洋服ならば中国製という表記は当たり前のように納得しているし、生産地についての説明などしなくても表記してあれば苦情などはほとんどない。これは呉服にとって難しい点でもある。

ただ、皆さんにわかって欲しいのは、呉服の中国生産には2つの目的があるということである。1つは「低コスト生産のため」2つめは「日本では出来なくなったため」ということである。

1つめの「低コスト生産」は皆さんのご想像の通りである。日本でも十分出来るものでも、国内生産ではそのコストが大きくなり消費者の手元に届く価格は、どんな流通経路を辿ったとしても手の出し難い価格となる。消費者が手の届く価格設定を実現し、キチンとした利益を確保するためには中国を中心とした外国生産に頼らざるを得なくなる。

2つめは「日本では出来なくなってしまった技術」を技術力の高い中国で生産するということである。この一例が手織である。特に綴れ織やすくい織などの高等技術はもともと中国のお家芸であり、もともと日本は中国から輸入した技術だ。これに関しては、日本から技術者が指導し、製品を織れるようになるまで数年を掛けて育てていく。しかもその技術者が10代〜20代と若く、目も耳も良いため、非常に上質なものが作れる。もちろん日本で言う経験は大切であるが、織物は目の良さ、耳の良さが非常に大切な技術でもあるのだ。

この2つの目的は非常に明確である。低コスト生産が目的で作ったものは、やはり日本製と比べて品質差がある。しかしながら毎日それを使う人ならまだしも、そう頻繁に着ることのない人にとってはさほど苦にならないと感じる。使用頻度が多いのであれば、コストパフォーマンス的にはまだまだ国産品の方が高いのではと感じる。

一方、日本では出来なくなった技術が目的で作られた物は、今では非常にハイレベルなものが多い。よく考えればもともと呉服のほとんどの技術は中国から伝わってきたものであり、今でも同様の技術は盛んに行われている。それが呉服かその他のものかの違いであると考えるべきである。


以前、北京の故宮博物院に行った時に西太后が作らせたといわれる象牙の織物を見た時にその恐ろしいまでの中国人の技術力の高さに驚愕したことがある。しかもその織物は丸巻きになっていた。ということはあの固い象牙を気が遠くなるほどの作業で繊維状にし、織り込んでいったと考える。その他、毯通、錦、綴、緞子など絹織物の技術はいまでも多く存在している。また特に刺繍などは糸にあらかじめ強い撚りをかけておくのでより精巧でかつ毛羽立ちの少ない美しい刺繍ができる。

そういったことから中国の手仕事の技術力の高さは世界でもトップクラスであるといえる。

有名な話で、中国でHONDA(ヤマハかもしれないが)のバイクのコピーを作る工場があり迷惑していたのだが、その技術力の高さを逆手にとり、なんとその工場をすべて買い取って正規工場にしてしまったという話もあるくらいだ。

もちろん昔からいわれているコピー商品や知的財産に対しての意識の低さなど無秩序な部分があり、世界常識から逸脱している部分があまりにも目立つので悪いイメージがどうしても先に立ってしまう。だから我々日本人はこと伝統産業においての中国産には心証が悪いかもしれない。
その証拠にイタリア製の生地で組織上はなんの値打ちもない帯が高値で受け入れられる現実もある。これもまたイメージである。

だからこそ呉服において必ずしも中国産=粗悪品ではないということだけ、このブログの読者は理解して頂きたい。すでに安価な大量生産品は呉服市場の縮小により、中国でもどんどん撤退しているだけにそういうものの未来は既に無い。

確かに安価な低品質の物も存在する。その見極めは消費者にとって難しい。表示が不明確な場合は呉服店やネットショップに問い合わせした方が安心だ。
しかし、是非とも先入観だけで判断しないで欲しい。

中国の手工程の技術力の高さを消費者視点でPRしていく必要が絶対にあると個人的には強く思う。


日本ではどうしても残せなくなったものを中国で日本の指導によって維持、発展させる。
日本人にとっては非常に残念なことかもしれないが、これも広い意味でのこれからの新しい伝統工芸保護の形ではないだろうか。

今日のブログはかなり賛否両論となることは覚悟の上だが、あえて提唱したい。

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