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2010年5月23日 (日)

藍よりいでて

ツイッターでフォロワーさんより「藍」をテーマに取り上げて欲しいというリクエストを頂き、私は染色家ではないので職人達を前に非常に重圧がかかるが、染色技法などとは別の観点から私なりの「藍」をご紹介したいと思う。
どうか染色に関わる方達はブログを笑覧を頂きたい。

昨日日本の夏じたく展に足を運び、染織家の西川晴恵さんと色々お話をしてきた。西川さんはアロー糸やヘンプを扱い、草木を主とした天然染料を用いて糸を染色し機を織る。いわば原料から製品まですべて1人でなさる日本でも有数の染織家である。また西川さんは沖縄の喜如嘉にて芭蕉布の人間国宝平良敏子さんに師事し、琉球染色にも熟知している。そのため彼女の使用している藍は「琉球藍」である。

ひと口に藍といっても種類があり、基本的に藍草は蓼科であるが、インド藍は木藍ともよばれ豆科の低木である。琉球藍はキツネのマゴ科に属し、染料としての仕込みはほとんど同様でも種類が違う。

藍の染料の仕込みを「建」と表現するが、この藍建は多少のやり方の違いはあるものの、一般的にはスクモと呼ばれる藍草を積み重ね水をこまめにかけ約75日かけて醗酵させたものを藍瓶といわれるものに入れ、灰汁、ふすま(小麦を製粉するさいにできる糠)、石灰、水を加え、醗酵させる。これによって染料としての藍を生成するのである。藍は染料となるまでかなりの時間と労力を要し、こまめにその頃合いを見ていないと良い染料にはならない。ある意味生き物である。醗酵中の藍はポコポコと音をたて、職人達はその音を聞きながら藍がどういう状態であるかを常々気にかけるという大変な作業である。

そもそも藍は染料としてではなく、薬草として入ってきた。効能は解毒、虫くだし、害虫よけなどに使われていた。そのルーツは西暦238年頃というからちょうど邪馬台国の女王卑弥呼が魏との交流を行っている時代である。この時中国は三国時代。魏、呉、蜀のうち呉の国から蓼藍と呉藍(紅花)が伝わった。

染料として積極的に使われ出したのは飛鳥時代であり、当時階級制度に服色が定められたことと、この時代に中国や朝鮮からの帰化人によって染色技術がもたらされ急速に発展したといわれている。
その後、奈良、平安時代に日本独自の色として確立され、鎌倉時代から江戸時代に藍が木綿とともに実用化され、日本のすべての人に藍=日本を代表する色として定着していくのである。

ただ、明治時代に入り合成染料が入り藍染めを中心とした草木染めは一時衰退したが、第一次世界大戦により合成染料の輸入が困難になったため、大正時代に再び草木染が復活してくるのである。

このような歴史背景から、藍は原料も染色技術も輸入によってもたらされたが、日本独自の文化の発展から日本を代表する色として今でも根強く定着している。

藍はまた多様な色を醸し出す。これは主に媒染によっても違うし、藍の種類によっても同じ媒染で違う色が出る。また媒染しない場合もある。それによって色の使い分けしている。

代表的な色としては藍のみで染色しやや赤みのある青である縹色(はなだ)。黄味の加わった藍色。勝色ともよばれた濃紺である褐色(かちいろ)。その他藍が媒染によって作られる浅葱色、千草色、露草、空色などなど様々な色がこの藍から生まれる。

とはいえやはり藍=美しく深みのある青である。
「青は藍よりいでて藍より青し」という名言がある。中国の思想家「荀子(じゅんし)」の言葉だ。意味は弟子が師匠よりも優れていることの例えだが、本来の意味は人間は教育や努力によって元の才能以上の能力が引き出さされるということを指している。
これは青色を作るためには相当の努力をして藍草を染料にしなければいけない。そしてそういう努力をすれば藍色以上の美しい青色を作ることが出来るということなのである。

そういう意味では藍が醸し出す青色は本当に気持ちがよいほど美しい。そもそも天然染料による染色をみていると一番に感じることは、「自然の色は自然からしか生まれない」ということだ。確かに今の化学染料は恐ろしいまでに進化しており、基本的に出せない色はないとまで言われている。ただ、やはり自然の色に比べると心に入ってこない。少なくとも私はそう感じるのである。

これはあくまでも持論であり、決して決めつけてはいないが、化学染料で染められた色はもちろんキレイに感じるものはいくらでもある。しかし、それらは常に他の何かが加わった比較論的奇麗さと言うか、色そのものの美しさよりも何かを引き立てているまたは、何かが加わって引き立てられているという気がしてならない。

ところが、天然染料は色そのものに引き込まれていくような一種の安堵感のような安らぎを感じてしまう。これは今回このテーマを要望して頂いたフォロワーさんも感じていることだと思うが、化学染料によって鮮やかで奇麗な色は藍との比較で言えば「青色」はいくらでも出せる。しかしながら、正藍染100%の青と比べると言葉にできない何かが違って見える。そして引き込まれていく。この差が「心に入ってくる色」なのではないかと思う。

もちろんこれらは藍だけに限らず、茜や紅花、刈安、紫草などなどその他の天然染料、とくに草木染めは皆そういうことが言えるのではないかと感じる。

人間は色によって心理に影響がでることは科学的に実証されている。青を見た時の印象と赤を見た時の印象は全く違う。ということは化学染料で出された色を見ている現代の私達の色に対する心理と天然染料しかなかった時代の人たちの色に対する心理は根本的に違うのではないかと今更ながらこのブログテーマを書きながら再認識している。

伝統産業に関わる私達はこれからも「藍より青し」色を出す努力を絶やしてはいけないと強く思う。

このテーマを下さった編集者のTさん。お陰で今一度色を通して「基本」を考える良いキッカケになりました。有り難うございました。

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コメント

通りすがりの者です。
染色家ではないとされながらも、よくまとまって興味深く拝見いたしました(^-^)
ひとつだけ、訂正させてもらっていいでしょうか。。
藍染は、他の草木染とは違い媒染を必要としません。
染める分数や回数、どの藍甕で染めるか(同じ甕を使えば使うほど色素が布に吸着して薄い染液の甕になります)で色の違いを出していきます。
藍の染液は強アルカリ、そして還元状態(酸素が少ない状態)ですので、甕の中で染めた後に空気中の酸素と結び付きたがるのです(酸化)。
酸化により、発色・定着します。仕組みは思いっきり化学です(笑)
面白い染料だと思うと同時に、この染め方を発見?した大昔の人たちは凄いなぁと思います。

天然でしか出せない色味・魅力がある事を仰って下さり、とても嬉しかったです(^-^)

投稿: 通りすがり | 2013年5月19日 (日) 19時36分

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