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2010年5月 9日 (日)

草木染めの時代変遷

最近の私のブログは着物ビジネスの話からは離れ、着物そのものについてのテーマが多くなってきている。仕事自体はもちろん、小売店や卸業のコンサルティングや学校などでの講義などビジネスに直結したものであるが、やはり父の血か、どうしても専門的な部分を再度確認したくなる。


またブログを読んで下さる皆さんが、なによりこういう内容を喜んで下さるので、できるだけ意識してこういうテーマを心掛けている。もちろん、着物業界の方はビジネス的な話もお望みかと思うが、ある程度の周期で内容を変えていこうと考えている。


ところで最近私は糸へん連合の友である染色作家仁平幸春氏、和裁士山本秀司氏、染織家西川晴恵氏、仁平氏のお弟子さんの凡ちゃん達とリアルでお付き合いすることで、自然が出す本来の美しい色というものを改めて再認識出来ている。なぜなら、バイヤー時代商品企画をして、配色指定などはしてきたものの、そのほとんどが化学染料であり、一部草木を使ったとしても、データ染色あるいは染め定着及びある一定の堅牢度を維持し、色落ちや色泣きによる苦情防止のためにはやむを得ない選択であった。


もちろんそれらは数を必要とする生産上、やむを得ないことで、彼らの草木染めの作品は一品一品時間を掛けてそういうことも計算した上で作るので、染色上不都合が有る訳ではないので、決して誤解しないで頂きたい。


ここへきて、本当の草木染めに拘り古代から伝わる染色法で染められたものを見る機会が改めて身近に出来たことで、染色の基本をもう一度勉強し直すいいキッカケになったのは言うまでもない。
そこで草木染(植物染)について簡単にご紹介したい。

草木染めの起源は定かではない。ただし、約5000年前にはエジプト人がナイル川畔に生い茂る藍草で染めていたという記録は残っている。日本でも縄文時代すでに黄土染や摺染め(草摺、葉摺)または貝紫などの染めが行われていたともいう

植物染料は繊維に染め定着させるために媒染剤を使う。媒染剤はタンニンなどの有機媒染剤と金属イオン(鉄、アルミ、銅、ニッケル、金などの金属)で構成された無機媒染剤などが使われる。同じ染料でもこの媒染剤によって発色が違ってくる。これを利用して様々な色を出すのだ。他にも天然材料である灰汁なども媒染剤の一種である。


よく調べると原始染色法では媒染は行われていなかったようだ。ただし、植物繊維を糸にする時に今でいう精練をするが、その精練をするための煮汁が灰汁だったため結果的に先媒染となって発色及び染め定着していたようである。


一番皆さんに解りやすくいえば大島紬の泥染だ。下染めにテーチ木染をし、そして泥染をして染め定着する。そのとき泥の中には多くの鉄分が含まれており、それが媒染剤となって大島紬の糸に定着し、茶褐色に発色するのだ。


ここで、日本の草木染めの変遷をわかり易く説明する。


*飛鳥時代
この時代に冠位制が敷かれ、服色に階級制度が出来た。ということは、この時代、中国や朝鮮からの帰化人によって染色の技術がもたらされ、急速に発達したと考えられる。


* 奈良時代
法隆寺献納宝物や正倉院宝物に見ると、染色技術は進歩完成の域に達し、植物染料で原色のようなはっきりとした色彩を求められた時代である。


* 平安時代
唐様式から日本独自様式へと移る時代で、日本独自の色、いわゆる「日本の色」が生まれ確立される。


* 鎌倉時代
藍が木綿と共に実用化される。

能・芸の発達→豪華・華麗な色相
侘び・寂びの思想→渋い色相の流行
これが江戸時代まで続いていく。


* 明治時代
合成染料の時代に入る。特に明治30年を境に変わっていく


* 大正時代
第一次世界大戦によってドイツ染料の輸入が途絶え、再び古代の植物染料研究がはじまる。

以上簡単に書いたが、日本の染色はこのような時代の流れを経てきたのである。


余談であるが、日本の代表的な植物染料である「藍」が伝わったのは、弥生時代である。238年、邪馬台国の女王卑弥呼が魏と交流を行うのだが、この頃に呉の国より薬草として「蓼藍」と「呉藍(紅花)」が伝わっている。そしてそれを栽培されたのは京都の九条と大阪の東成であったと記録が残っている。


藍草は解毒、虫下し、害虫よけとして使用され、呉藍は皮膚病、鉛毒防止、増血などに効果のある薬草として使用されていたようだ。


ちなみに「呉藍」は美しい朱赤に染まるため、訓読みで「くれあい」と言われた。それが訛って「赤色」を「紅(くれない)」と呼ぶようになったのは有名な話である。


このように大陸から伝わった植物染色、いわゆる草木染めは日本でその時代の背景と流れに平行するように移り変わり、日本の美しい世界を見るものすべてに活かしてきたのである。


私はこの古代より存在し、進化してきた草木染によってもたらされる色合いは、現代の日本人も誰もが必ず持っているセンスであり、感性だと思っている。


きものファン達が、様々な着物を着ることによって醸し出される美しい和の世界は、間違いなくその証拠であると思う。


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