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2011年8月19日 (金)

名前を呼ばれるという非日常

昨年に引き続き、やはり猛暑はやってきた。
とはいえ、物販の消費動向の目安のひとつである百貨店売上において7月は6月に引き続きマイナスであった。天候不順や震災の影響、節電による消費意欲低下などが要因といわれているが、わかっていてもあまり歓迎しない状況である。

このお盆は猛暑を通り越して酷暑であったが、帰省もUターンも各交通機関や道路は例年以上に混雑したことは言うまでもない。
私も3ヶ月近く全く休みはなかったが、お取引先のご協力も頂き、久しぶりに盆休みなるものを頂いた。
こうなれば、恰好の自習が出来る時間だ。学生で言うならば夏休みの自由研究といったところだろうか。

今年は思い切ってホテルの接客やサービスを学ぼうと思い立った。
そしてどうせならかなり贅沢だが、ホテルの最高峰の1つ「リッツカールトン東京」を利用することにした。私自身マリオットの会員でもあるため、予約はスムーズにできたが、そこは流石のリッツカールトン。宿泊代のそれはそれは高いこと、、、

まずわかっていても感心したのはエントランスである。
車で乗り付けてみたが、私のスーツケースの名札をそれとなく見て開口一番「お待ちしておりました石崎様」と名前を呼ばれた。これは感心もするが何より気持ちが良い。
エントランスを案内するベルボーイ全員が「いらっしゃいませ石崎様!」と言う。自分が何か特別な人間だと勘違いしてしまうほどだ。

45Fにあるフロントでも「お待ちしておりました石崎様」と言われてどんどん自分自身が非日常化していく。泊まるだけなのに期待感が高まっていくのは恐らく私だけではないと思う。

部屋もやはり恐ろしくクリーンネスが整っている。
テレビの後ろ、サイドボードやベッドの下などの見えない部分。ルームランプの傘の中までもホコリ1つない。
これはリッツカールトンのクリーンネスのコンセプトでもある「前の宿泊客の痕跡を残さない」というポリシーの1つであろう。隅から隅まで感心させられる。

そしてコンシェルジュに電話しても「コンシェルジュデスク○○です。ご用件をお伺い致します、石崎様」とここでも名前を呼ばれる。
レストランに行っても、バーラウンジにいっても、部屋番号でわかるのかどうかは定かではないが、名前で呼んでくれる。非日常という空間をここまで徹底するとホテルから一歩もでなくても充分な満足感を得られる。そして高いと思った宿泊料金もその満足感によって高い納得に変わる。

このホテルの中では何回自分の名前を呼ばれただろうか?
そして自分を名前で呼ばれるという当たり前のことがこんなに心地よく、また非日常を演出してくれるものなのかということも分っていたことだが、体験することでより理解度が深まる。

そこで考えてみた。
ホテルでのステイも一種の買い物だが、何を買うにしろ買い物は非日常空間ではないのか?高級ホテルだけでなく、日用品を購入するスーパーやホームセンターなどでも、売場に入る自分は非日常空間に充分なり得る。

もし、イオンやイトーヨーカドーなどで、イオンカードやIYカードで購入した時、レジのスタッフが「いつもご利用ありがとうございます!○○様!」と自分の名前も付け加えて言ってもらえたら、ちょっといい気分になるだろう。それが例えば食料品売場のレジであったとしてもだ。
この瞬間に買い物は非日常体験となり顧客のロイヤリティは多少なりともアップすると思うのは私だけだろうか?

さあそこで私が関わっている呉服店はどうだろう?

小売店としては一品単価の高い商品を扱っている。あまり好きな表現ではないが「嗜好品」と言われている商材だ。しかし、呉服店の販売でどれだけお客様のことをきちんと○○様と言っている店があるだろうか?

最近の呉服店の接客は、かなりと言うのがオーバーでないくらいにレベルが低下していると思う。
毎日着物を着ている人ならまだしも、とっておきの時に、または特別な日に着物を着るという人が絶対数である。そのお客様に対してこの「非日常空間」を演出できているだろうか?
ここで私が言う「非日常」は夢見心地でいられる空間という意味である。それはお客様が買っても買わなくても、お店や接客を通してそういう空間にしてあげられているかどうかである。

足袋一足や腰紐1本のお客様であっても、もしかしたら人生最高の記念日に着る着物に使う為のお買い物かもしれない。そういう意識でいれば100万円の接客も300円の接客も全く同じ接客になるはずである。
それを「小物客」「着物客」あるいはもっとヒドイ表現をすればただ好きで夢見心地で将来こういう着物が欲しいと思っているお客様を「冷やかし客」などと思って接客レベルを分けていないだろうか?こういう店が或は接客がもし思い当たるなら絶対に戒めるべきである。

初めてお会いするお客様のお名前を頂くのは確かになかなか難しい。
だが、もし何かのキッカケで話の中で知ることが出来たのならば、是非お客様をお名前でお呼びしてみて欲しい。そうすることで多くのお客様が、購入の有無に関係なく、そのお店という空間が非日常空間となり、滞在時間が長くなるだろう。滞在時間が長くなることで着物などの商品提案が出来、もしかしたら売上というものに繋がるかもしれない。

もしそうならなくても、入りやすく感じの良い店として好印象を持って頂き、「また来たくなるお店」になるかもしれない。

今の呉服店にはお客様が疑問に思うことや誤解を招く接客態度、不快に感じる言葉使いが残念ながら多いことも事実だ。販売に魔法の言葉は存在しないと私は断言したい。接客はお客様に喜んで頂けることの行動や言動の積み重ねである。そしてその延長線上にお客様の評価である売上があると考える。もちろん商品の良さや適正価格、お店全体の雰囲気やディスプレイなど様々な要素も重要だ。

そして買い物は非日常を体験できる場でもあり、そういう欲求を充たしてくれる空間は満足度も高い。

その非日常を創る魔法の言葉がもしあるとすれば、それはお客様をお名前でお呼びすることかもしれない。
相対する人を名前で呼ぶ。そんな普通のことが小売の現場では、お客様を非日常の世界へ誘う魔法の言葉なのかもしれない。

小売店に従事する方々は是非とも試してみて欲しい。ただし、心を込めて言うことだけは忘れずに・・・・

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ファッション・アクセサリ」カテゴリの記事

コメント

とても参考になるお話でした。
確かに名前で呼ばれるって、なんだか特別のような気がします。

実践していきたいですね。

投稿: 大田 香奈子 | 2011年8月21日 (日) 22時53分

大田さん>ありがとうございます。大切なのはお客様との心の距離を縮めることなのかもしれません。そして「技術で売る」だけではお客様の満足は満たされません。お客様はそのお店に何かしらの期待を持ってご来店されます。そして最低でも期待通り、目指すはお客様が期待以上に思って頂けること。それが本当の営業力だと私は思います。

投稿: from 石崎 | 2011年8月22日 (月) 00時48分

簡単にできることだし、お金もかからない
でも、ほとんどの人がやっていないことですね。
こういうことが真心であり、本物のサービスなんでしょう。

私も今日から実践します。

投稿: 田中寿典 | 2011年9月10日 (土) 13時57分

はじめまして、ゑり華の花岡と申します。
石崎様のいろいろな書き込みを読ませていただきました。
きっかけはfacebookです。
そこで石崎様のことを知り、友人のきくちいまさんに石崎様の事をお聞きしたりしました。
○○セールなどのひどいコンサルタントが多い中、石崎様のようなコンサルタントが存在することをとてもうれしく感じ、この業界もまだまだ捨てたもんじゃないと安堵いたします。

着物を愛してやまないお店が着物を大好きな人に笑顔でおすすめできれば、着物はもっともっと人を幸せに出来るものになります。
その輪が広がればこの業界はもっとよくなるはずです。

残念ながらろくでもない売り方をしているお店はたくさんあります。
しかし、それらのお店が消えて無くなればいいように思うかもしれませんが、そうでもないのです。

以前大手チェーン店が倒産したときに200億円もの売り上げが業界から消えました。
そこの売り上げがどこか他の店に分散するのではなく、消えてしまうのです。
これ以上の業界規模の縮小は、糸や白生地などの生産地を含めて考えればやはりマイナスです。
今はやむを得ず無茶な売り方をしているお店も、良心的な方向へ舵を切らざる得ないような世の中にしていければ。
そのためには日本中にいい専門店を増やさなければならない。
一つの町にいいお店が出来れば、その評判が広がり他のお店にも影響を与えるはずです。
それが日本中に広がっていけば全体が変わっていかざる得なくなると思うのですが、いかがでしょうか。
そのためには石崎様のようなコンサルタントが実績を上げて、オファーを増やし次々に楽しい素敵なお店を増やしていくことが求められます。

突然変な書き込みをして申し訳ございません。
是非石崎様のさらなるご活躍をお祈り申し上げます。

投稿: 青山ゑり華 花岡隆三 | 2012年1月 5日 (木) 22時32分

花岡様、コメントをありがとうございました。
私は服飾研究家であった父の影響が強く、幼少より着物そのものの素晴らしさからこの世界を捉えていましたので、こういうスタンスが基本になっているようです。
ただやはり、「売る」と「作る」は一体化しているものであり、売るがなければ作るも出来ないのが当たり前のことですが現実です。ならば「どう売るか?」は「どう創るか?」に繋がることになるというのが私の考え方です。そして「どう売る?」は消費者をキチンと見ているか?そしていかに正しく、欺くようなことをしないかが大基本だと思います。
仰る通り、小売店が1つ消えることで多くの川中、川上業者が傷みますし、それ以上に多くのお客様の期待が消えることにも繋がると思います。

そしてお客様は世代交代をしています。お客様の期待もきものに対する思いも大きく変化しています。そしてそれに応える為に私達従事者はどうすべきなのかを考える時期がすでに来ているのだと思います。

貴店のようなお店がもっともっと増えるよう、ご繁栄をお祈りしております。
コメントありがとうございました。
KDCPlanning 石崎 功

投稿: from 石崎 | 2012年1月 5日 (木) 23時05分

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