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2012年4月20日 (金)

「同調と協調と提案」

今、個人的に大河ドラマ「平清盛」にハマっている。
視聴率は過去最低路線を辿っているとのことだが、自分の感覚がズレているのか、私にはとても面白く感じてならない。

その中で最近登場回数が増えてきた山本耕史演じる「藤原頼長」
これまた面白い人物である。

朝廷の左大臣であり、乱れきった朝廷を正し、藤原摂関家の復権を野望に持つ人物だ。ドラマの中ではかなり印象の悪い描かれ方をされている。清盛の弟の家盛に近づき、平氏一門を意のままにしようと企んだり、兄である藤原忠通との権力闘争をしたりと悪者扱いである。

その藤原頼長を深く調べてみると、違った一面が垣間見える。
確かに文献には「悪左府」との表現がされており、当時としても朝廷内ではかなり評判が悪かったらしい。とはいえ、当時の朝廷は今の国会のように、国の政が全く機能しておらず、目に余る体たらくな状態だったようで、藤原頼長はその乱れきった朝廷を正すべく様々な改革を試みる熱血で真面目一辺倒の公家には珍しいタイプだったようだ。

とは言えそう簡単には改革は出来るはずも無く、遂には遅刻した公卿の家を焼き払ったり、不正をした公卿の腕を切り落としたりと極端な暴挙を働いたりしたこともあったようで、朝廷内ではかなりの嫌われ者だったらしい。

またドラマの中では家盛との同性の肉体関係を描いていたが、それだけをイメージさせると現代の日本人の感覚では偏見の目で見られるが、当時の朝廷内では珍しいことではなかったようである。
確かに頼長は同性愛者であったらしいが、ただのそれではなく、院政期の天皇と上皇の権力争いの中で、天皇の側近だった頼長は上皇の側近と関係を持つことで政治面でも都合が良くなるように謀っていたようであるから、なかなかの策士である。

ただ極端な粛正や遊びの無い人格で仲間も少なく、最終的には保元の乱で崇徳上皇側につき敗戦し、志を達することなく絶命した。

私なりに頼長の人物像を考えると、非常に頭がよく、異常なほどの勤勉さが全てにおいて自分の考えが正しいという他人の意見を受け入れることの出来ない性格であったのだろうと思われる。だからこそ、実質的には朝廷の建て直しを真剣に考え実行しようとしていたが、その思いは結局誰からも受け入れられず「悪左府」として後世に伝わってしまったのではないかと感じる。

一方、呉服業界でも現状を問題視し、何とかせねばという思いの人は沢山存在する。もちろん私の例外なくその1人であるが、その問題提議や投げかけ方は実に様々である。
特に並々ならぬ見識と経験を持ち、確固たる考え方と信念を持った先輩方の投げ掛けは実に厳しい。そして何も間違いなく正しいからこそ何も返せないし、もちろん反論もない。
一方で私のような人間は、そういった先輩方や同輩の方々から見れば、食えないやつだと思われているのかもしれない。それはそれで仕方ない。

ただ、どうしても現代のこの世は、情報が満ちあふれていて誰もがすべてを手軽に知ることが出来ることで、手軽に得た知識が永い経験から得た智慧を安易に批判し、先に述べた辛口の先輩達の真っ当な言葉を受けれ入れることが素直に出来ない場合が多い。
また、熱意と志を持っている若手達と礎を築いてきた先輩方々との思いのすれ違いも多く見られる。これは全くもって難しい部分でもある。

もう一方で、確かに今の呉服業界はある意味でのイノベーションを考え、未来創造を真剣に考えていかないといけない時期に来てはいるものの、それを真っ向から直球勝負で「こうあるべき」を投げかけても、現実の現場はそれどころではなく、「だからどうした?」になってしまう。そしてまたそう言う状況をイノベーターらしき人は「こんな業界に未来はない」と批判して終わってしまうのがオチである。

私の場合、企業に属していた頃はその「企業のバッチ」という印籠で仕事ができたし、印籠なければただの人とは思いもしなかった。その中で大成功も大失敗も経験したが、その印籠が自分を護ってくれいていたことに気付いてなかった。
そして独立してすぐは「この業界に貢献し、業界をいい方向に導きたい」などと1人でほざいても、印籠を捨てた自分が誰にも相手にされないことにやっと気付いた。
そのなかで、自分の理解者をどう作っていくかを模索するなかで、今日のブログのテーマである「同調、協調、提案」という3つの段階が人間関係やビジネスにもっとも大切な基礎であると実感したし実行して今に辿り着いた。

「同調」はまず相手の意見を受け入れ理解することである。最初から否定しては話にはならないし、相手の考え方がどういう考え方なのかを深く知ることは、まず受け入れてみることから始めるしかない。

次に「協調」。これは協調性などというが、相手の意見を受け入れる「同調」ができれば自然となるほどと思うことが出来ることが沢山出てくるし、そう言う自分を相手も同じように思ってもらえるものである。

そして「提案」。文字通り自分の意見を投げかけてみる。そうすることで相手も理解をしてくれる。普通なら難しいことでも互いにある程度の信頼関係が出来ていれば、理解度や納得度は高くなるものである。

私のような印籠を自ら捨てた素浪人が今こうやって様々なことにチャレンジ出来るようになってきたのは、すべては「同調、協調、提案」による人と人とのパイプ作りである。

そして今、呉服業界若手経営者の会を開き、これからどう業界の皆さんが未来創造していくかのキッカケの場づくりの1つになりたいと思っている。そして室町きものテーマパーク化構想もその1つだ。今年はとても時間的に無理だとしても、業界の中枢に理解してもらう為には遠回りしても更なる「同調、協調、提案」が必要だ。それなりの人脈とブレーンはあっても、当たり前だがまだまだ小さな力でしかない。

私はこれからも着物ファン作り、呉服業界の未来創造の手伝いに生涯をかけて注力していく。腹が立つことも沢山ある、苛立ちも往々にしてある。それでも私の場合は藤原頼長のようなスタンスではいけないと感じる。もちろん頼長のように出世する立場にもなるわけがないが、やはり相手を尊重し、理解する努力を惜しまずしてやらねば自分の思いである「提案」は出来ないのではないかと思っている。

藤原頼長を含め、改革者は時に暴君とも呼ばれたが強い存在であり、善くも悪くも歴史に名を残し、少なくとも歴史を変えた。

私は改革者にはなれないだろうし、強くもないし、悪くもなりたくない。私はやはり「同調、協調、提案」でこれからも業界の未来創造を手伝っていく。

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コメント

毎日疲れ様です!。

僕もずっと大河にはまりっきりです!。
視聴率低迷は色々と考えられますね。

やはり源頼朝の方がよく知られているってところ。
どこぞの知事が「汚い」と言ってそれに便乗した形で見ていない。
ゲームから来る戦国。幕末人気。。
今までの史実に反した大河に嫌気さして。。

僕はもうドラマとして見て感動し楽しんでます。
ウダウダ言ってる人、じゃああなた方は資料のほとんど残っていない資料から小説、脚本
書けますか??と。

頼長殿については勉強不足で。。
頼長しかり平清盛も今までは「悪」と言うイメージで。。

今の時代も変わったこと、先進的なイメージを持って行動する人は
別人扱いですね。
でもスポーツや音楽、芸能などジャンルが違えばそうでもなく。
紙一重。

色沙汰は他にも。。
新撰組内にもあったんですよね〜笑;
信長公の側人、森蘭丸は??。


投稿: 池本征人 | 2012年4月20日 (金) 22時49分

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