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2012年7月23日 (月)

西陣で伝えたかったこと

7月19日、西陣織工業組合での講演をさせて頂いた。
今回は西陣織工業組合の副理事長であり西陣まいづるの社長でもいらっしゃる舞鶴一雄氏からの依頼を頂き、快くお受けさせて頂いた形だ。
主旨としては第3回を迎える「西陣織元コレクション」の委員長に舞鶴副理事長が今年就任なされ、このイベントに参加する西陣メーカーがより前向きになるような勉強会を開きたいという並々ならぬ熱い想いであった。

西陣織は帯地で知られている全国屈指の産地であるが、その他、きもの、金襴、ネクタイ、マフラーやショール、ストールなどといった服飾品、あるいはテキスタイル、室内装飾など織物としてあらゆるものを生産している産地でもある。

出荷額としても約36年前の昭和50年は2051億円と活気があったが、昨年の出荷額は255億円と36年で10分の1強となってしまっている。当然、それらを生み出す織機の台数も昭和50年は西陣地区で2万台強、西陣以外で8645台の合計約29000台あったが、昨年は西陣地区で2289台、西陣地区外で2191台の合計4480台まで激減している。現在は丹後地方での機で生産されていることが多く、西陣ではすっかり機音は消えてしまっている状況にあることは、着物ファンの方もご存知のことだろう。

この状況からなんとか、再び西陣が元気なるような取り組みをしようということで昭和2年より行っていた西陣織競技会に加え、2010年より西陣織元コレクションというテーマに則った作品を各メーカーが発表する場を作り、毎年10月初旬に行われるとのことだ。

私が講演で最初に投げかけたことは「西陣織とは何なのか?」「素晴らしい技術であることは間違いないが、それは誰が評価されていることなのか?」ということであった。
西陣織が日本はもちろんのこと世界でも最高水準と言って良いほどの技術を持った産地であることには間違いないと私も思っている。ところが、それを呉服関連従事者は少なくとも理解しているとしても、着物ユーザーはほとんどその凄さを理解していない。これはもしかすると小売がよくわかっていないということも影響していることは否めない。ただ、どちらにしても西陣織の素晴らしさや西陣織とはなにかを評価しているのはその多くが呉服業界の人間であり、末端のユーザーにはそこまで知られていないのではないか?ということをぶつけた。

「わかる人だけが知ってくれれば良い。」という考え方はものづくりにおいて決して悪い考え方ではない。ただし、着物というものが身近にあり、確固たる市場があったときの着物ユーザーの絶対数の中の「わかる人」はそれでもかなり存在したはずだ。しかし、現在はその肝心の着物ユーザーの絶対数が大幅に減少してしまったなかでの「わかる人」は相当少ないはずである。そういった時代背景の中で「いいもの」と言われるものや「素晴らしい技術」を末端のユーザーに理解してもらう為には昔は意識しなかったことや必要無いことまでしなくてはならなくなったことは事実である。

だからこそ「誰から評価されるべきか?」を考え直さなければいけない。
これは私の主宰する呉服業界若手経営者の会でも各産地や室町筋や小売店にも同様のことを投げかけている。
誰が悪いとか情けないとか仲間内同士で嘆いていても何も前進しない。それよりもそういう状況になってしまったのならそれを受け入れて、これからどうすべきかをド真剣に考えて取組んでいくことが当たり前だが重要であることを再度気付いて欲しいのだ。

またこういうことも投げかけた。
今回の織元コレクションで「さくら」をテーマにした商品を各参加メーカーが自社の自慢の分野を活かして制作し、発表する。それを当日会場でどう表現するか?ということである。
よく帯展示にありがちな「ただ鐘木にかけて見せる」というやり方では、世の中にはびこるつまらない着物展示販売会と同じだ。
私の考えるものづくりは「誰に?」「何を?」「どこで?」「どのように?」売るための一貫性が必要であると言っている。そうでなければ「マスターベーション」になってしまうとも思う。
「誰に?」は当然どんなユーザーに?であり、「何を?」はどういうモノを作るかであり、「どこで?」は売り先や小売、「どのように?」はどう見せて、魅せるか?ということである。

今、日本の呉服やアパレルなどのメーカーの多くはどうしても「何を作るか?」に注力していると感じる。100歩譲っても「誰に?」が付くくらいだろう。肝心の売り先はどこで?やどのようにプレゼンテーションするか?はものづくりの段階で考えられていない。もちろん日本のような多段階流通の中では、何処で売るか?は予め特定出来ないというデメリットはあるかもしれない。だが、たとえ売り先が明確でなくとも、そこに意志とイメージが必要であると私は強く思う。こういう店で売って欲しい、こういう見せ方と魅せ方をしてほしいという意志とイメージだ。

「これだけ良いものを作ったから、絶対誰かが買ってくれるだろう」という考え方はまさにプロダクトアウト状態であり、自己満足が強くなってしまう。

日本は古来から「絹の着物」というモノづくりは一般庶民をターゲットにしてこなかった。着物というものが当たり前の時代の庶民の中でも余程の財力が無い限り「絹物」を買うことが出来なかった。だからこそある意味でのターゲットは自然と決まっていて「良いモノ」を作れば、ある程度の買い手が付いたのである。もちろんそれが現在まで続く世界でも類を見ない高いレベルの伝統技術を育んでこれた要因でもある。また一般庶民の創意工夫が各地の伝統織物や染色を作り上げ、受け継がれてきたことも事実である。

だが、時代は全国民をターゲットとせねばならなくなった。富裕層も中間層も低所得者層もすべて市場と捉えなければならない。そして呉服市場はそれ以前にユーザー自体の創出を余儀なくされている状況である。その中で「何を作るか?」だけを考えていては「買う」という市場の評価が得られにくいであろう。

そして各メーカーが作っているものが作品ではなく商品であるならば「売れなければモノづくりの意味が無い」と思っている。だからこそ、各メーカーが永い間培ってきた素晴らしい技術や自社にしか出来ない「光るもの」を更に活かした上で、時代にあったモノづくりの組み立て方をしていかねばいけないのではないかと心底思っている。

そうした上で、メーカーはもっともっと誇りとプライドを強く持って欲しい。モノもわからず、わかろうともせず、自社の誇り高き商品をただ単に値段だけで判断したり、到底無理な卸値の要求をするような売り先は思い切って断るべきである。メーカーは下請けでも直営工場でもない。そういった心ない取引先の無謀な要望を受けることでそのメーカーの良さが段々と崩れていくのである。これは決して着物ユーザーを増やすことには繋がらないのだ。

そして最近の私の決まり文句であるが、「着物は感動商材である」ということを最後に強く伝えた。
西陣織の各メーカーが生み出す素晴らしいモノにユーザーは感動して初めて消費欲求が生まれる。その生み出された商品によって着物に魅せられたり、いつかは欲しいと憧れたり、大枚をはたいてでも思い切って買おうという気持ちが生まれるのである。そういうものを生み出すことが出来るのはメーカーしかできないのだ。

今回の講演は2時間であったが、自分では充分に伝えられたとは思っていない。しかしながら参加して頂いた多くのメーカーの方々が食い入るように真剣に聞いてくれていたのは嬉しかった。それもこれからの若い人だけではなく、大ベテランの方々も深く頷いたり、メモを真剣に取ってくれていたりと熱心であったことは本当に嬉しい。

産地も含めやはりメーカーは「1」である。
「1」にはじまり「1」はすべてである。そしてモノづくりを忘れた国は滅びる。だからこそ何としてでもモノづくりをしている人達とそれを受け継ぐ人達を絶やしたくない。そういう思いで西陣織工業組合での講演をさせてもらった。

最後に西陣織工業組合の舞鶴副理事長をはじめ同組合の理事でいらっしゃる秦流舎の野中社長、田中伝機業の田中社長には心から今回の場を与えて頂いたことに感謝致します。
またフォローして下さった西陣織工業組合振興課の増井さんにも感謝致します。
誠にありがとうございました。

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