« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »

2013年4月

2013年4月19日 (金)

あらためて作り手に尊敬の念を抱きたい

平成23年度のサラリーマンの平均年収は409万円だったそうだ。

そこから単純に時給計算すると

409万円÷12ヶ月=約34万円

34万円÷22日(週休二日制の1ヶ月当の出勤日)=約15000

15000円÷8時間(1日当法定労働時間)=1875

 

サラリーマンの平均時給は1875円という計算となる。ちなみにこれは年収の中に一時金、いわゆる賞与が入っている場合もあり、それを抜かせばもう少し時給は低い額になる。とはいえ、おそらく14001500円はあるだろう。
アルバイトやパートの平均時給額を考えたらかなり良い条件ではあるが、それでも家族を養う事を考えると現在の日本ではこれでもギリギリのところなのかもしれない。

 

話は変わるが、先日、あづまやきものひろばてれびじょんに三重県伊賀市の藤岡組紐さんの藤岡潤全氏がゲスト出演していた。私も以前から存じており、若手経営者の会にも参加していただいた事もあるまじめでシャイな若き組紐職人であり、お母様は伊賀組紐の経産省指定の伝統工芸士でいらっしゃる。

その番組の中で、一本の組紐を組み上げるのに高台で平均的な色数(玉数)で2日は掛かるそうだ。当然色数や組み方が複雑になればそれ以上に時間は掛かるはずである。

 

またつい先日もやはり組紐では非常に有名な組紐工房偕可園4代目の児島有子さんと食事をしながら熱く語ったが、もの作りへの情熱は「手間」という発想を超越したところにある。

 

私たち消費する側はどうしても商品を購入する場合に、商品そのものの品質、付加価値、消費欲求、そして大きな判断基準である価格を総合的に判断して意思決定する。もちろん安ければ良いということではないし、高いものは必ずしも良い物という訳ではない。しかしながら、最終的には心のどこかで価格の高い安いで判断してしまう傾向にある。これはごくごく当たり前であり、最高レベルの品質のものにも、ポピュラーな商品にも、激安品にも「適正価格」は間違いなく存在する。こと着物という商品についてはこの適正価格というものが非常に難しいことも周知の事と思う。

 

とくに着物に関しては「何が適正なのか」という部分で常に疑念を抱きやすい商材であり、現代のライフスタイルでは着物はどうしても嗜好品に分類されてしまう。そうなるとユーザーの消費価値観も千差万別であり、各個人の志向や消費価値観、あるいは個人の財力などによって「自分にとってよいもの」という要素が強くなる。

であるから、作り手がどんなにいい仕事をし、良い物を作っても価格的な部分でそのものを判断されたり、逆にそうそう手間がかかってなくとも「自分にとって良い物」という基準で手頃な価格のものがよく売れたりする。これも市場の原理からすれば着物に限らず当たり前に起こる事であり、それをどんなに憂いても、消費という現実は非情であり無情である事は致し方ない。

 

良い物を生み出す作り手の数と良い物を好み消費する使い手の数は相関関係にあり、おそらく着物が今よりも多少なりとも身近にあった時代は良い物を好み消費する絶対数があり、また良い物をしっかりとわかる呉服店が存在し、その作り手と使い手をつなぐ流通もまたそれを見極める力がしっかりとあったのだと思う。

 

しかしながら現代に至っては、社会背景も含め着物が以前よりも身近でなくなっている事から良い物を好み消費する使い手の絶対母数が少なくなったことで良い物を見極め提案できる呉服店や流通もまた減少し、良い物を生み出す作り手の数も減少してしまったという図式は誰の目から見ても明確な事である。

 

またこういう事を書くと諸先輩方にお叱りを受けるかもしれないが、現代の効率的なもの作りは別の見方をすれば、呉服業界を維持するためには時代に合わせた賢明なものなのかもしれないし、ユーザーになんとか着物に関心を持ってもらうためのファッション性重視の提案や、手に入れやすい価格にするための努力をしているという見方も出来る。

 

ただ多くの作り手と接する事が多くなり、様々な交流をする中で間違いなく共通する事がある。

 

それは「情熱」である。

 

もの作りを単なるビジネスとしてとらえるならば、こんな割に合わないビジネスは無い。

冒頭に述べた日本のサラリーマンの平均年収を時給換算すると約1500円前後。

それが平均的な賃金だと仮定すれば、藤岡さんの話をもとにすると、1本の帯〆を組む労力にたいする対価は法定労働時間の1日当目安は8時間。組み上がる時間は2日間だから16時間。ということは時給1500円×帯〆1本当の労力16時間=24000円ということになる。

しかしながらこの金額はあくまで労働対価だけであり、材料費やその他諸経費は入っていないので原価ではない。

 

また仮に生産者卸原価24000円で各流通を経由した場合の小売店上代は倍付けでは済まないのは周知の通りだ。しかも賃金は作ったものが売れて初めて収益になる事も忘れてはならない。仮にどんなに素晴らしいものでも5万する帯〆が平均的に売れていくだろうか?今、手組の帯〆の平均売価は1万〜2万の間であり、その多くが手組と言えども海外生産だ。その多くが中国だがその中国さえもほとんど手組の帯〆を作るところがなくなってきているのが現状であり、流通も小売も消費者も価格重視でいくならば、これからは国内外含め動力組みが大半となり、平均価格は5千円〜1万円までが正絹帯〆の主力となっていくことだろう。

このような背景からみると「高い安い」という価格先行型のものの考え方はもの作り自体を変えていってしまうことになり、現にそうなってきた。ある意味現在のライフスタイルでは嗜好品になってしまった着物を日常品的な市場の原理に当てはめてしまうと、この業界のもの作りは衰退することになってしまう。

 

こんな単純な考えからわかるように「モノ作り」は大きなリスクを背負い、割に合わない労働対価の中でなされていることだけでも流通のどこかにいる人は認識すべきである。もちろん消費者にはそんなことは関係ないことはいうまでもない。なぜなら消費者の消費欲求に「大変な作業だから」などという動機はほとんどない。

 

ではなぜそこまで作り手が割に合わないことをするのかということを考えると、やはり「もの作りへの情熱」というものが根底にあるのだろう。どんなに冷静でもどんなに世の中を冷めた目で見ていても作り手はやはり心の奥底に強い情熱がある。その自分に厳しくまず自分を納得させるための恐ろしいまでのこだわりと情熱はすべてを超越するし、それに対しての「自己基準の対価」は絶対に妥協しないはずである。

 

呉服業界のような多段階流通は、各段階でのものに対する市場価値観に大きな違いがある。市場が何を望んでいるかという捉え方が生産者、メーカー、卸問屋、小売で大きく違ってくるからだ。しかも各段階での考え方に全くと言って正解が無いのも市場というものだ。

 

私は今、呉服業界若手経営者の会や各業界の組合団体、企業名での講演で必ず言う事がある。それは

 

「着物に対する消費者のニーズというものはすでに消滅している。だからこそ私たちは消費者のウォンツを創っていかねばならない」

 

ニーズはある意味「必要性」に近い。もちろん中には着物を何かのセレモニーで着るから欲しいとかお稽古事に必要というニーズはごく少数に存在するだろう。ある意味今ニーズとして存在しているのは振袖だけかもしれない。しかしその振袖というニーズさえも7割以上がレンタルという市場に奪われている現状である事にもうそろそろ気づいた方がいい。

なのに未だに「安ければ買いにくる」「お嫁入りには必要」という観点だけできもの販売を捉えている人たちも多くいることも現実である。

いま着物の未来を真剣に考え、「消費者やきものユーザーのウォンツを創造する」ために、今一度業界の人間がきものそのものを「売る物から着る物」として心の底から見直す必要がある。

 

だからこそ、自分たちが扱っている着物やその周りの小物、和裁、加工、素材などすべてに至るまでに再認識し、「私たちが売っている物は何か?」を改めて深く知る必要があると強く強く思っている。

 

そのために私は消費者と同じくらい「作り手」のことも知ってほしい。作り手がいなければ私たちは商売さえも出来なくなる。こんな当たり前の事を、着物を通して商売をする人はもう一度意識してい欲しいと思っている。

 

そして今回の内容で気づいてほしい事としてもう一つ。呉服小売市場がピークと言われた1兆8千億円の売上があった時代は1981年。でもそんなことは過去の事でどうでもいい事。

でも恐るべき事実は2002年の呉服小売市場が6000億円あったのに、たった10年で半分の3000億円になったことにもっと危機感を感じてほしい。

今までやってきたことが間違いでないなら何故減っているのか?リーマンショックだの長期のデフレだのなんだのが原因ではない。それは外的要因を盾にしているだけの逃げ口上だ。

 

もうすぐ2012年呉服小売市場の速報が出る。そこに気づき始めた次世代の若手経営者たちが消費者やユーザーを意識し始め、売る物から着る物への発想転換を本当の意味でし始めている。市場の34%の構成比を占めるNCL Cといったチェーンも着る物目線でのビジネスモデル構築に力を入れ始めている。

そして20112012年は少なからずとも震災や長期不況の影響もあったのにも関わらず、シンクタンクの調べでは何十年ぶりか市場が微増すると予測している。

 

私たちが売っている物は何か?をもう一度真剣に考え直す時が来た。そして私が尊敬する人の1人である㈱やまと会長矢嶋孝敏さんの「もの作りを忘れた国は滅びる」という言葉をいっていたが、そういうことにも業界の人間として再度気づきたいと思う。

私は商売に上下関係はない。商売は対等であると思っている。だからこそこの素晴らしい着物という文化を古来から支えてきた「もの作り」とその「作り手」に尊敬の念を払い、これからの消費者に対する着物の魅力や楽しさを伝えたい。そして「着たい」「欲しい」と思っていただく提案をよりしていこうと投げかけたい。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »