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2013年5月22日 (水)

再び足下を見つめる

いろんな意見や持論があっていいと思うんです。余程の悪意やモラルに反すること、法に抵触することでなければ。

その人の意見や持論はその人の経験や考え方で培って来たものだから。それが長ければ長いほどより説得力を増すでしょう。

 

私の場合ももちろんそうです。ですが、私はコンサルタントですからあらゆる環境や条件下に対応せねばいけないのです。

それが業界内のあらゆるカテゴリもそうですし、小売店ならばそれぞれに違うあらゆる環境にも対応せねばなりません。

特に小売店は様々な環境があります。インショップ店舗、ロードサイド、シャッター通り商店街に位置する場所、人里離れた立地、パパママストア、社員平均年齢が非常に高いなどなど様々です。

 

ですが特に小売店はそこに店がある理由が必ずあるのです。もちろんその理由も様々ですが、多くの小売店経営者は今ある環境を受け入れてそれを必死に守ろうとしています。もちろん潤沢な資金があればもっといい環境でやりたいと思っている人もいるでしょう。あるいは自分の理想とはかけ離れながらも現実を見つめて必死になって経営している人もいるでしょう。

 

そういった中で懸命に店や会社を守っている経営者がほとんどだと思います。私の仕事は今ある現実の中で「出来ること」と「出来そうなこと」を提案し、経営者の「守り方」と「これからチャレンジしたいことへの意欲」を実績を通して持ってもらうことにあります。

もちろんなかなかうまくいかないこともたくさんあります。理解されないことも出てきます。時間のかかることも山ほどあります。

 

でも私の根底にあるのは「呉服業界のどのカテゴリも無くなってはいけない」ということだけです。

 

それは私の起業の目的である「呉服業界への恩返し」が柱になっています。生まれてから今までこの業界に育てて頂いたからです。子供の頃、著名なきもの研究家であった私の父は、私を連れて小売店に行っても問屋でも、メーカーでも産地でも仕立て屋さんでも悉皆屋さんでも「この人たちのおかげでお前のご飯が買えるんだよ」と言われていました。その思いが今でもずっと続いています。

以前の会社で自分が絶頂期にいたころ、「自分は間違っていない」とか人の考えを「まったくわかっちゃいない」と直接的にも間接的にも批判したりしました。傲慢であったと思います。正直に言えば今でもそういう思いに駆られる時があります。

しかしながらその時の私の話はおそらく誰も聞く耳を持たれなかったでしょう。何故ならそれは「自己満足」だけだからです。人の耳と心には「自慢」にしか聞こえないからです。そしてそれを言うことはとても簡単で自分が気持ちいいだけのことです。

 

もちろん私にも持論があります。それをSNSを使って発信もします。恐らくそれに対しての山ほどの異論や懐疑的な意見もあると思います。それはそれで当然のことだと思います。
しかしながらすべてにおいて出来ることや出来そうなことを発信、発言することでそれぞれに気づいたり、再確認したりすることから始まるのではないかと思っています。

大好きな呉服業界、クライアント先、理解者、共感者、今いる仲間たちは私の宝物です。その方達がこれからも元気になるような仕事をしていきたいと思います。

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