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2016年4月

2016年4月22日 (金)

次世代の裏方という使命

先日妻から言われた言葉にハッとした。
妻は現在不定期で友人の経営する飲食店に手伝いに行っているが、土地柄この業界の利用者が多く、その日も若い染織系の集まりらしき客が席を設けていたそうだ。
妻が断片的に耳にした内容として、何かのプロジェクトかイベントがあり、そのために大変な準備をしたが、とても不本意な結果だったようで、その反省会兼打ち上げ的な食事会だったようだ。
「作家とはなにか?」「ものづくりに対しての不理解と誤解」などなどどうやらイベント主催者との温度差やプロモーション不足などが主な議論になっていたそうだ。

その話を聞かされた私は、
「そんなのは甘いよ。自分たちの努力不足でしょ。俺たちなんて…」
と無意識に自分たちが同様のことを何度も経験し、そこで何をしてきたかなどの経験という言葉を並べてしまった。

そのあとの妻の言葉にハッとさせられた。
「その人たちの商品が何気に置いてあったけどすごく良かったよ。だけどこの業界は上が詰まりすぎているよね。重鎮と言われる年齢の人たちが未だ現役で、その下にあなた達のようなドンドン考えたことを実行できる人達がいる。そのさらに下の世代の人たちはそういう意味では大変だよね。失敗すれば色々言われるだろうし、新しい事をやろうとするとまずは経験の長い人達から斜めから見られるだろうしね。」

この言葉を聞いて、以前自分が将来なってはいけない、なりたくない姿にもしかすると向かっているのではないかという嫌悪感に襲われた。

経験と過去の売れていた時代にやってきたことが正しいと思いこむ大先輩達に反発し、和装業界を変えてやると意気込んでやってきた自分だが、いつの間にか次の世代の頑張っていてまだ燻っている人達に対して無意識に「甘い」「俺たちの時は」という何の意味もない上から目線になっていた。

特に私の立場は小売でも、流通でもものづくりでもない。そして和装業界を変えてやると思ったのなら、次の世代に繋げる、あるいはそれこそ自己の経験を活かして次世代の頑張っている人たちの好機をいかにして作るか?が私のこれからの役目でないのか?と思ったである。

自分の経験や実績を上から目線で見下ろすような態度は、ただの害である。なんの啓蒙にもならないし、ましてや振興にも繋がらない。
いかにして次の世代に輝いてもらうか?今年50歳になる自分にとって絶対的に課された使命だと思って、「次世代の裏方」という考えを強く持って行こうと思った次第だ。

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