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2016年5月

2016年5月31日 (火)

きものの街 新宿の可能性

昨晩某大手百貨店の営業部長と新宿のきもの市場の可能性を話した。オリンピック開催地であり、日本で最も人口が多く集中する東京は各地区によってファッションはある程度セグメント化されている。銀座と日本橋は近くとも全く異なるし、青山と渋谷も異なる。ほんのすこしの距離でも地区ごとに全く違う顔を持つ。それが東京の面白いところでもある。

新宿も今までは歓楽街としてのイメージが強く伊勢丹、マルイなどによってファッションの街としてのプロモーションを仕掛けているが実のところはそのイメージは定着していない。
ところが、数年の歳月をかけた巨大バスターミナルが出来、駅周辺のトラフィックに自由度が増し、新宿の東西南北を行き来しやすくなった。これによって流れが止まりがちだった南口、新南口付近の客流は大きく変化してきている。また日本最大の歓楽街である歌舞伎町の象徴だった新宿コマ劇場跡地に巨大な新東宝ビルが建ち、これをキッカケに歌舞伎町の様相が大きく変わる可能性が高くなった。
また若い女性の来町数もどんどん増え続けているようで、女性の消費がより高まることで、この街が新たなトレンド発信の地になることも想像することは簡単だ。現在パリが駅の再開発のモデルとして着目したのが新宿であり、「プロジェクト・シンジュク」としているようだ。

きもの市場としても凝縮された東京の中で各地区によってセグメント化しやすいのではと感じる。例えば正統派着物が合う日本橋や銀座地区。上質なしゃれ着が合う青山、六本木、ファッションとしての着物を意識した着方の合う新宿など着方のイメージの明確化ができるのではないかと思われる。かつて「銀座ごのみ」と言われた着物のトレンドがあったようにその街ごとに合う着方や商品イメージが存在する。そしてそれを発信することで着物自体の大きなビジネスプロモーションにもなる。

そんなことを昨晩話していた。これには賛否両論あるかもしれないし、理想論だと笑われるかもしれないがそれはそれで可能性はないとは言えない。

新宿市場の可能性の根拠
*1日当たりの駅利用客数346万人(世界一)
*年間商品販売額1兆280億円(日本一)
*外食市場規模1531億円(日本一)
*外国人観光客が訪れた場所55%(東京一)

どんな業種であれ、現実的にここにマーケットを求めない方が不自然である。
そしてそう遠くない未来に新たな東京の顔として変化することは明白である。
「新しいきものの街 新宿」ありだと思いますよ〜。

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2016年5月28日 (土)

入口と気づき

今日は宮崎で太物サミット。
今まさに行われている最中。私はどうしてもスケジュール調整ができず誠に残念ながら不参加となりましたが、おそらく大々的に開催されていることでしょう。
主催者の染織こだまの児玉健作氏はずっと一貫して太物を通して普段から着物を楽しむことで着物が持つ多様性を引き出し、日常的な衣服としての定着を目指してきました。
また地元宮崎の活性化を精力的になさる中で、着物を通した地方創生の可能性も模索していらっしゃいます。
私も児玉さんとは付き合いが長くなりましたが、彼のすごいところはその考えがずっとブレずに一貫しており、しかも積極的に行動するところだと思いますし、敬服しております。

確かに着物は徐々に社会に顕在化しつつありますが、現実的にはまだ我々呉服業界や着物ファンが考えているほどの浸透度ではありません。まだまだごく一部であると考えたほうがいいでしょう。根拠はその市場規模は依然萎んでいる状況にあるからです。

ですが、これから着物が社会に再びより顕在化していくためにはもっと多くの「入口と気づき」が必要となると思います。
敷居を低くするという意味での「入口」はどんどん増えていますが、普段着やフォーマル着、あるいはそこから派生する様々な着方や楽しみ方などをユーザーが認識できるセグメント化が必要でしょう。

これはすでにインターネット上の店舗はどんどんセングメント化が進んできており、市場シェアは唯一広がってきています。ところがリアルショップはそのセグメント化がまだまだ出来ておらずそのシェアは依然年々縮小傾向にあります。そういったセグメント化という入口をより意識をしていかねばならないと感じています。

「気づき」はあらゆる着方を受け入れ、その中で自由と規制を明確にすることで、着物の多様化は正しく進んでいくような気がします。
ものごとには「常識」「非常識」「不常識」という3つの常と識があると考えます。常識はT.P.Oと言われる着方やそれを場面によって選択するモラルなどを指し、非常識はその壁を打ち破る自由であると考えます。ですから非常識は決して悪いことではないと考えます。しかしながら「非常識」は進化や想像の種にもなりますが、文化や社会規律を乱す恐れもあるもろ刃の剣ですから、やはりそこには最低限のモラルは必要になるのかもしれません。

もうひとつの「不常識」は触れてはいけない神の領域です。そこに触れてしまうともはや着物の多様化どころか、着物とは全く関係のないものになってしまい、また社会的な視点で言えば排除対象になるようなものです。この領域に我々は踏み入れてはいけないし、それを伝えてはいけないとも思います。

「入口と気づき」というキーワードは着物に様々な可能性をこれからもたらすものと考えています。

今日行われている太物サミットが各地で行われるようになり、太物というセグメントが新たな入口と新たな気づきをもたらす大きなきっかけとなればと心から思っています。 太物サミットHP

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