経済・政治・国際

2017年7月28日 (金)

染織版コネクテッド・インダストリーズ

コネクテッド・インダストリーズは「企業と企業、機械と機械、人と人などがデータを介してつながる世界」として経済産業省の世耕大臣がドイツのインダストリー4.0に対して打ち出したこれからの日本の産業ビジョンだ。

日本のサプライチェーンは一見横軸でしっかりと繋がっているかに見えるが、実は各段階でデータなどの多くの情報や技術がバラバラである事が多く、それが結果的にグローバル視点での競争力で劣ってしまう大きな要因になっているようだ。

この経産省が打ち出したコネクテッド・インダストリーズはデータが繋がり、有効活用によって技術革新や生産向上、技能伝承などを通じて課題を解決し、勝ち筋を見出すという戦略だ。

これを呉服業界に当てはめてみると、呉服の流通は各段階における様々なデータや情報の活用は極めて劣っており、流通における企業間連携は言葉は悪いが「切った張ったの世界」である。

また99%競争領域のロジックで構成されているので、協調領域のロジックはほとんど存在せず、そこからなかなか新しいコトやモノが生まれないし、ましてや勝ち筋は当然の如く全く見えてこない。

呉服業界の流通が機能していた時代は、多段階流通におけるメリットとしてまさに末端の情報がある程度共有され、各問屋もある程度セグメントされていたこともあり、まさに技術革新や生産向上などによって勝ち筋を見出していた。それが市場減少とともにそれが崩れていき、目の前の継続性のない「売れる」「儲かる」手法に多くが画一化していったために現在のような状況になっていった。

私は元々呉服小売業出身であることから独立してから小売店を中心とした経営コンサルティングを主としてきたが、現在ではそれ以外に産地ブランディングや商品企画、海外市場創出などのプロデュースやディレクションなどが多くなってきている。
その中で、今まで全く交流もなく知り合うチャンスさえなかった様々な分野の企業経営者、プロデューサー、アートディレクター、デザイナーなどなど自分でも驚くほど急激にそういった方々との人脈が不思議なことに広がってきている。その多くが伝統工芸を通した地方の活性化や価値創造などで眩しいくらいの、そして私にとって心から羨むような実績と成果を出し続けている社会的にも名実ともに著名な方々なので、多くの気づきや視点の置き方など多くのことをこの歳になってかなり高いレベルで学ぶ環境が広がっている。

そういった中で、ある非常に重要な着物産地の復興のプロデュースのオファーが現地の自治体からきており、受けることになりそうだ。
全国の着物産地はご存知の通り非常に厳しい状況にあり、着物としてのものづくりは高齢化と次世代への伝承がもっとも危惧されている分野である。またその復興策は今まで多くの取り組みはあったものの、知る限りの成功例は認識できていない。もちろん「染め」や「織り」としての技術の単体で見た場合の産地活性化の成功例はここへきて先に述べた方々の素晴らしい力によって輝き始めている事例は確かにあるが、「着物」を主とした産地活性化の成功事例は目に見えての成果はまだ認識できていない。

多くの問題は産地は産地の中での流通上の慣習が長い歴史の中で深く強く根づいており、よそ者がなかなか踏み込めていけない独特の空気感が呉服業界には存在する。またある程度受け入れたとしても着物という商材の回転速度は非常に遅く、また新たなものづくりは大きなコスト上のリスクが伴うため、冷え込んでいる市場の中で時間をかけて育てていくということが極めて出来にくいという状況にある。

もちろん産地には産地の流儀があり、既得権益も存在するので、それを一気にスクラップしてイノベーションを起こそう!などと言っても、「何も知らんくせにそんなことに協力できるか!」と言う空気感になることは必至だ。ちなみに私が京都に移って来た時も多くの業界人からは冷ややかな目で見られていたし、ビジネス提案など誰も受け入れてくれなかったし、それどころか口さえも聞いてもらえないことが多かった。今ではとても考えられないが京都といえども真正面からなんども諦めずにぶつかっていけばなんとかなるものだ(笑)

その中でどのように今回のオファーを受け、復興策のフローチャートを組み立てていくかが私自身としても大きな挑戦となっていくだろう。また取り組んだことが仮に成果が出たとしても、それが一時的なものでなく産地自体の自助力によって継続していくものでなくてはならない。よそ者がわかった顔して勝手に弄って、その期間だけ最大瞬間風速を吹かせて、報酬もらっていなくなるなんてことは絶対にしてはいけないのだ。その産地の自治体からのオファーということはその地元の人たちの血税を使うわけだから、私も血を流す覚悟で取り組まねばならない。

今私が考えていることは(多くは言えないが、、、)キーワードとして

「分解と編集と共有」の3つである。それ以上はここでは言わないが、意味合いが違うかもしれないが、個人的には「染織版コネクテッド・インダストリーズ」と銘打って考え、文字通り命を削ってでも責任を持って取り組んでいく覚悟だ。

私の勝手な夢と志である 「染織で世界を変えたい」を行動に移していく。
そして多分私の家族にはさらに迷惑をかけることだろう。。。。(苦笑)

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2017年2月18日 (土)

第9回呉服業界若手経営者の会で伝えたかったもう一つのこと

1月31日に行った第9回目の呉服業界若手経営者の会では最終的に参加者139名、名物の大懇親会では109名という過去最大の規模となった。北は北海道から南は宮崎まで呉服業界の全ての分野の従事者やメディア、国会議員、経済産業省、京都市長、京都市まで政官民のマルチステークホルダーという形になったことは、非常に大きな意味を持つものとなった。

最初のパネルディスカッションは民法の一部改正法案の1つである成人年齢引き下げにおける、各地方自治体での成人式対象年齢が同様に引き下げになった場合にどのようなことが市場や業界のすべてに至るまで起きるのか?という議題であり、非常に重い問題であったが、行政、小売、流通、ものづくりのそれぞれの立場で真剣な議論になった。また会場の参加者の皆さんも大きな危機感と問題意識を持っていただいたことだと感じる。

この問題については法案提出が予想される今国会での動向に注目し、情報収集を密にしながら段階的に様々な方法で働きかけていきたいと思っている。

さて、そのあとに私の講義の中で伝えたかったもう一つのことがある。

非常に重要な内容であったが、あまりに振袖問題がインパクトが強すぎたせいか、参加者の皆様の話題として今ひとつ触れられていないような気がしたのであえてこの場で要点を押さえて記しておきたい。

①時代は既に変わり、次の時代に入っている

 会議の中ではIoTを中心に話したが、「デジタル革命」と言われるものはつい最近のことではなく、1950年~1979年までに当時の通信を中心とした情報伝達の発達のスピードを示した言葉として使われ、同時期に情報とコミニュケーションとテクノロジーの一体化によって急速に発展したICT革命とほぼ同じ意味で使われることが多いが、その頃から既にIT、いわゆるinformation technologyは始まっていたのである。

それがPCの普及によって各個人の情報量が膨大に増え、さらに2007年に発表されたアップル社のiPhoneが圧倒的なプレファレンスとディストリビューションによってスマートフォン含む携帯電話の普及率をあっという間に世界人口カバー率の9割以上まで押し上げた。

情報量も2007年あたりからガラッと変わった。人間が生まれてから数千年の歴史に刻まれた文章やフィルム写真などを含む全てのアナログデータ量よりもデジタルデータ量が上回った。2000年当時のデジタルデータ量は5%くらいでアナログデータ量が95%くらいだったのが、たった10年足らずでデジタルデータ量が99.9%以上でアナログデータ量は現在でも増え続けていてもその割合は0.01%以下という割合だそうだ。

そうなると必然的にその膨大な量の情報の使い方が変わる。いわゆるビッグデータの活用だ。これによって経済もライフスタイルも、全てのインフラも全ておいて変わってくる。時代は既に変わり、完全に新しい時代に移り変わっているのだ。

②呉服小売店の情報活用と経営の現状
 

呉服業界、特に小売店の経営について話を戻そう。

現在の呉服小売市場は2015年時点で2805億円(矢野経済研究所調べ)であり、予測される各チャネル別構成比は大きく分ければチェーン店が3割、専門店が2割、eコマース2割、リサイクル2割、百貨店1割といったところで、2016年は恐らくだがeコマースが専門店の割合を数%抜く形になるかもしれない。eコマースの割合が増えた要因としては単純に店舗数が増加したこともあるが、やはり、データマイニングによるマーケティングと各店舗の独自性にあるだろう。もちろん価格優位性もその要因であることは間違いない。

一方でリアル店舗の小売店はどうだろうか。確かに以前よりWeb活用はHP、SNSなどを中心にある程度積極的になってきてはいるものの、高いレベルで活用できているところはほんの一握りである。多くのスタイルはほとんどが昭和60年~平成初頭までの営業方法と変わらない。その大きな要因は経営者と従業員の平均年齢が圧倒的に高いことにあるだろう。とはいえ、チェーン店などは若い経営者、若い人材が増えてきているが、何れにしても情報活用が有効に行われているとはお世辞にも言い難い。

今は大規模でなく小規模店舗でもPOSを導入して顧客の購買データ等の蓄積はされているが、そのデータを次の営業に生かすためのデータ解析力が残念ながら低い。もちろん催事売り上げや店頭売上のデータは今では労せずしていとも簡単に出るが、そのデータが何を示しているかをあらゆる角度から解析することをせず、単純に出た結果を経験と勘と思い込みでこじつけているのが現実である。

結果分析は単なる現象分析に過ぎないということに気づいていないのだ。

基礎中の基礎になるが、誰に?何が?どのように?売れたのか?そしてなぜそうなったか?を徹底的に深く掘り下げていかないと根本的な対策の種にならないのだ。

これを話すと一冊の本が書けるくらい記さねばならなくなるが、「データは単なる現象に過ぎない」ということをまず全ての小売店経営者が認識し、それらを過去のデータ、販促データ、顧客データ、日々の営業データ、社員の行動データ、そして市場データ、地域経済分析データなどありとあらゆる角度からその現象データを見ることによって「現象が現状に変わり、現実が見えてくる」のである。

兼ねてから呉服業界にはデータアナリストが必要であり、数字を画像にできる存在が必要であると言ってきたがこれからは特にそう感じる。

③世の中には必ず法則が存在する

時代は変わっても唯一変わらないのは「人間」という生体である。

その人間が時代は変わっても経済活動の中で考えることはほとんど同じであるという。こういうと①で述べたことと矛盾するように思えるがそうではない。様々な思想、道具、システムなど時代とともに知識と知恵を使って生きるためのものを作り上げてきた。それによって生体以外の全てのことは進化し続けていることは確かであるが、それでも人間はほぼ同じことを繰り返している。

1700年代後半に活躍したドイツの哲学者ヘーゲルはドイツ観念論を基礎とした弁証法的論理を生み出し、その中で「事物の螺旋的発展の法則」という考え方を提言している。

わかりやすく例えれば、螺旋階段を想像して見ると良い。螺旋階段は横から見ると上に上昇しているが、真上から見ると円に見え、ぐるぐる回っているように見える。

この原理で言えば、「事物は同じことを繰り返すが、繰り返し巡ってくるときは1段も2段もレベルが上がって繰り返される」ということになる。

考えて見るとその法則は様々なビジネスモデルに当てはまる。例えばレンタルビジネス。これは近代にできたビジネスではなく、日本では既に江戸時代に存在した。「損料屋」と呼ばれる商売があり、旅用品や洗濯道具、褌に至るまで貸すことで当時の庶民に利用されていた。これが今ではあらゆるものがビジネス、プライベート問わずそのレンタルの仕方も多様化され、またはセレクトの仕方もあらゆる方法でアプローチできる。

もう一つ例を挙げれば、eラーニング。自分が学びたいものをより専門的に、いつでもどこでもインターネットメディアを通じて利用できる。これも今に始まったことでなく、そのルーツは「寺子屋」だ。当時の寺子屋は身分も様々、状況も様々であり、封建社会の中では生まれた時からある程度将来が見えていた時代だけに、今の学校教育のように全てが同じカリキュラムを学ぶというものではない。それが今の時代に学びたいものを学びたいときに好きなだけ学べるというeラーニングは寺子屋の形がレベルアップし今の時代に合わせた形で再び巡ってきたと言える。

そう言った意味で呉服小売店がその方向性を考えるときに、この「事物の螺旋的発展の法則」のように、昔存在した良いものを今の時代にマッチングさせた形でできるものはないか?という視点で考えることは非常に合理的であるのだ。もちろん自店のデータを深く掘り下げてデータアナリシスをした上でのことは大前提である。

④秩序あるコミュニティ経済による自由流通の必然性

呉服業界は多段階流通によって商品の拡散性を生み出し、それをもってモノづくりを安定させ、各段階での利益創造を確立してきた。また多段階流通は川下から川上への段階的な消費者ニーズの情報伝達の逆流によってそのモノづくりや技術の発達にも役立ってきた。この形はごく最近まで最も機能的な流通構造として維持されてきたことも事実である。

ところが①で述べたように、根本的に消費者の購買行動が大きく変化し、個々の情報量と欲求の形が全くといっていいほど変化したことでこの多段階流通が機能不全状態に陥りつつあるのも残念ながら認めざるを得ない。

筆者は以前から流通と小売の協業論者ではあるし、問屋が不要であるとは微塵も思っていない。それは今でも変わらない。

では購買行動が多様化している中で、いかに流通を機能させるかということがこれからの大きな課題である。着物の絶対量が売れなくなった時代とは言え、問屋のディストリビューション機能はモノづくりを維持させるためには大きな生命線の1つであり、その機能が無くなってしまったら幅広い商品の絶対供給量が低下し、モノづくりの衰退に拍車をかけることは間違いない。

しかしながら、小売店の売上数量の大幅減少と催事偏重型販売による委託中心の取引が、問屋のメーカーに対する委託取引への割合拡大を誘引させ、結果的にメーカーの商品生産の蛇口を閉めてしまっていることに繋がっていることは残念ながら現実である。

これを新しい時代に対応した流通の形を現実的に考えるとしたら、やはり「自由流通」である。ただし勘違いしてはいけないのは「直販の奨励ではない」というである。

市場は高度成長期の「売り手市場」から人口オーナス期に変わったことで起こる消費価値観が左右する「買い手市場」に変化した。そして全ての消費者が全ての情報を自由に取得できる時代になったことで、消費の形は「価値共創市場」に変化したと言える。

価値共創市場とはコミニュケーションによって人々の物の見方や信念を変えて特定の行動へのインセンティブを埋め込んだサービスや仕掛けをするという市場である。これによって近年多くの小売業が取り組み始めたのが「コト消費」と言われるものだ。

売り手と買い手が価値を共有するだけではなく、共に創造する「価値共創」という新しい消費意識が生まれているのだ。それに対応するための形として私は「コミニュティ経済による自由流通構造の強化」が必然的に強まってくると考えている。

そのときに考えるべきは消費者コミニュケーション、小売店コミニュケーション、問屋コミュニケーション、メーカーコミニュケーションという各段階との相互コミニュティの構築と、必要性や各段階のニーズによって段階的取引、直取引の自由流通構造がより進化して、全ての流通が共創と競争によって進化して、結果的に消費者ニーズとものづくりも進化するという流れを作ることが私の考えている流通進化論であり、螺旋的発展の法則に当てはめて言えば、新しい多段階流通の形でもあると考えている。

そしてこれは現に流れとして出来つつあることも必然的な現象であるといえよう。ただし、絶対条件としてはコンプライアンス(法令遵守)に則った形での進化していかねば、今度こそ市場から排除されるということも強く申し上げたい。

「秩序あるコミニュティ経済による自由流通の進化」これが呉服業界若手経営者の会で伝えたかったもう一つのことである。

次回は会期は未定であるが、ざまざまな状況がさらに変化すると思われるので、早い段階で第10回を開催したいと考える。

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2017年1月28日 (土)

経済と観光と文化と

いつも呉服業界若手経営者の会の前は様々な観点から考える。経済は一人当たりの生産性×人口だから、人口がシュリンクしていくと経済もいずれ低迷すると単純には考えることができるが、果たして日本経済は将来性がないのかというと疑問である。

日本の一人当たり実質GDPは約4万ドル、アメリカは緩やかに伸びていて5万ドル、シンガポールは7万ドルと10年前の1.5倍、スイスに至っては約8万ドルだ。もちろん全てを端的に一色単に比較することは意味のないことだが、推移を見てみると日本は1990年からほとんど横ばいであり、10年前から見ればほぼ同じだ。よく失われた20年と言われるがこういうことなのかと改めてその言葉が理解できる。

もし、日本の一人当たりの実質GDPがシンガポール並みの7万ドルになったのならば、現在の1.7倍にもなるわけで、いくら人口が減少することが避けられないといえども7割減ることは考えにくいから、生産性×人口に当てはめれば、人口は減っても経済は発展できるということになる。

さらに深く掘り下げてみると日本のGDPの7割がサービス業だ。日本は製造業のイメージがあるが、現代の第3次産業は日本経済の要となっている。そのサービス業の要であり大きなウエイトを占めているのが医療福祉と観光である。おそらくこの医療福祉と観光が大きく伸びることによって日本の一人当たりのGDPが伸びるというのはこの流れからして察しがつくが、この生産性が向上していない。ちなみに調べてみると製造業の生産性はかなり良い。逆にいえばこれ以上の伸び代は少ないとも言える。

一方医療福祉と観光の生産性はまだまだ伸び代があるということだ。特に観光は2006年当時30兆円あったが、10年経った現在は24兆円まで落ちている。外国人観光客は日本政府観光局のデータよると2016年は2400万人を超えて過去最高を記録しているが、その経済効果は4兆円程度。ということは日本人自体がいかに観光しなくなったかということが言える。

それに関しては色々と要因があるのだと思うが、今問題になっている宿泊施設数を含め交通インフラなど様々な観光インフラの整備が遅れているか、あるいは整っていないのではないかと思われる。

観光関連の雇用体系は約7割が非正規雇用のようなので、サービスが存在してもその質が向上していないことも日本人の観光が低迷している実質的な要因でもあるのかもしれない。

医療福祉はよくわからないのでそれについては日本医療開発機構の理事長をしている従兄弟に聞いてみることにして、観光の生産性が向上するためには個人的には「文化」がその大きな武器として威力を発揮できるのではないかと感じている。

その中でも日本の伝統工芸はそこ知れぬ魅力と力を持っているはずである。だがそれをきちんと伝達できる形を国を含め、各地方自治体も作れていないのが現実だ。

そしてそもそも日本の各地方自治体が足元の観光資源に気づいていないというのも大きな要因であるかも知れない。

例えば文化財。各都道府県や市町村が指定している文化財は全部で110089件あり、さらに文化庁が指定する有形、無形、名勝地などの文化財は4294件もある。日本全国の都道府県や市町村でその数の多少はあれど、全てにおいては少なからずそういった観光資源は存在するはずだ。

また経済産業省が指定する伝統的工芸品においては、ほぼ全ての都道府県に存在し、その数は現在222件に登る。

私が住んでいる京都は確かに世界に誇る観光地であり、登録文化財数も群を抜いているが、伝統的工芸品の件数は東京や新潟とほぼ同数である。では何が違うかというと、行政が積極的に観光産業に力を入れており、特に伝統工芸や日本文化の振興においては「伝統産業活性化推進計画」という「京もの」と言われる伝統工芸品をいかに国内外に発信するか?また次世代の担い手をいかに育成していくか?観光産業とのマッチングをどうすべきかなどを積極的に取り組む仕組みが存在する。

私がライフワークとしている呉服の世界も観光とのマッチングは非常に有効な手段の1つであり、外国人を含むより多くの人に「日本の着物」を知ってもらう大きな武器でもある。
アウトバウンドとインバウンドの両輪が大きく回ることで日本人自体が自国の文化資源に気づくという「リバウンド」がこれからの呉服業界の活性化に絶対的に必要である考えている。 観光の活性化がサービス業の生産性を押し上げ、日本の一人当たりのGDPを向上させ、避けられない人口減の中でも経済の安定や向上をなすことができる。そういう意味でも私たちが世界に誇れる大きな武器である文化、そして伝統工芸をどうにかしてより顕在化させていきたい。

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